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2005年9月30日 (金)

アラン・ロンバール/ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団 {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 11}

 アラン・ロンバール/ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団の初来日演奏会を日比谷公会堂で聴いたのは、この来日オーケストラ公演一覧によると1976年5月15日のようだ。曲目は、ベルリオーズのロミオとジュリエットからの抜粋とブラームスの交響曲第4番であった。
 この演奏会には、確かチケットがあまっているから行かないかとグリーの先輩から誘われて行ったのだった。フランスで3番目くらいにうまいオケと聞いていた(事実だったかどうかは知らない)。ベルリオーズの「ロミオとジュリエット」からの抜粋については、印象に残っていない。交響曲第4番については、軽めの、明るめのブラームスだったと記憶している。「ブラームスはお好き」とフランス人が誰かに聞くときには、あのようなブラームスをイメージしているのかもしれない。
 ロンバールの指揮ぶりに聴衆は半ばあきれ、含み笑いさえかすかに漏れた。といっても、曲の最初だけだったが...。彼は、聴衆に向かって礼をしてから、まさしく振り返り様に指揮棒を振り下ろしたのだった。あれ以来、多くの指揮者をみているが、あんなにせっかちに曲を演奏し始めた指揮者は他に知らない。颯爽ともいえばいえたのだが、それにしてもあまりにも曲の開始が急すぎた。演奏が終わってからも、余韻を楽しむという感じではなく、スタスタと行ってしまった。それがいちばん印象に残っている。
 指揮者のアラン・ロンバールは、今もスイス・イタリア管弦楽団で活躍しているようで、ご同慶の至りである。先日の秋分の日にも、NHK FMのベスト・オブ・クラシックで、アスコーナ音楽週間2004の録音が放送されたとのこと。彼の今の指揮はどうなっているのかなあ......。
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2005年9月29日 (木)

のだめカンタービレ 第9巻〜第13巻

 のだめカンタービレ 第9巻〜第13巻、一気に読んでしまった。
 ・のだめの親の顔を見てしまった。けっこう家がかたづいているではないですか。
 ・ハイドンはいいですよね。
 ・でも、とにかく、まだ当分完結しそうもないので、よかった。
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2005年9月28日 (水)

のだめカンタービレ 第6巻〜第8巻

 のだめカンタービレ 第6巻〜第8巻。
 ・せっかく神さまがくれたであろうたったひとつかもしれないプレゼントを無にしてはいけないよ(三善竹彦)・・・いいこと言いますね。
 ・音楽をやっていくには才能だけじゃなく運も絶対必要だ(佐久間学)。
 ・もじゃもじゃ組曲、聴いてみたい!
 ・こいつはただ上手いだけやない。人の心を動かす何かを持ってんのや。
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2005年9月27日 (火)

のだめカンタービレ 第4巻、第5巻

 きのうに引き続き、「のだめカンタービレ」の第4巻と第5巻の感想を少々。
 ・「みそ字」のフォント、素敵デス。
 ・意味は違うけれど、リアルのだめはリアルHaydnと同じ表現だ。
 ・「カナヅチ」の気持ちは「カナヅチ」にしかわからない。
 ・オランウータンの「のだめ」で、宇佐美圭司を連想した。
 ・Sオケのマングースからホタルの墓への落差がいい(第5巻)。

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2005年9月26日 (月)

のだめカンタービレ 第1巻〜第3巻

 遅ればせながら、「のだめカンタービレ」の第1巻から第3巻までを読みました。アトランダムに感想を述べてみます。
 ・表紙の「だ」と「ビ」の濁点が、八分音符になっているのがよい。
 ・「のだめ」の親の顔が見てみたい。
 ・報われないボランティアにいそしむ千秋は、とても立派だ。
 ・ピアノソナタ<清掃>とは、思いもよらぬネーミング。
 ・「ゴミの中で美しく響くピアノ・ソナタ」・・・逆説。
 ・「のだめ」さんという名前の人は、実在しているですね。
 ・時と場所は違っても、学生時代の浮かれ騒ぎは、どことなく似ている。
 ・ハイドンはグラドゥス・アド・パルナッスムを使ってベートーヴェンに対位法を教えた。・・・なるほど。マンガでこういうトリビアを読むと、覚えますね。
 ・敵は最初からこたつではなく「のだめ」だったのだと悟った千秋だったーーーもしかしたら、この言葉は、このマンガの結末いかんにかわらず、人間の相性というものに対する洞察を含んでいるかもしれない。こたつが室町時代からとは、けっこう古いデスね。   コメントをどうぞ

 

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2005年9月25日 (日)

「へのへのもへじ」は世界を結ぶ

 二ノ宮知子著のマンガ「のだめカンタービレ」(講談社)や「ベストクラシック100」(東芝EMI)が大ヒットしている。クラシック音楽界に明るい話題が続く中、ゴールデンウィークの4/29、30、5/1を中心にラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが東京国際フォーラムで開催され、30万人以上が集った。1995年にフランスのナントで始まった音楽祭が日本で初めて行われ、会場は子供を含む聴衆であふれた。今年、テーマの作曲家はベートーベン。来年は生誕250周年となるモーツァルトである。
 文字絵研究所では、この3日間、朝10時から夕方6時まで「作曲家文字絵ワークショップ」を展開した。「へのへのもへじ」の原理で作曲家の似顔絵を描く(下図参照)。すべてアルファベットである。参加者には、ワークシートでの練習の後、ハガキ大の額縁シートにサインペンや色鉛筆などで色をつけて仕上げていただいた(http://mojieken.cocolog-wbs.com/ld/[10億人が楽しめる手描き文字絵]で、様子がご覧いただけます)。このワークショップは大盛況であった。アンケートの結果,5歳前後の子供から年配の女性にまで、楽しかった、面白かったとの声をいただいた。
 アルファベットでも文字絵は作れる。ひらがなやアルファベット以外の文字でも創作できるはずである。その可能性を追究し多くの人と分かち合いたい、そんな思いで昨年の秋に文字絵研究所を立ち上げた。ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)のワークショップはその第一歩であった。手始めに作曲家文字絵を世界中に伝えたいと思う。それは、「へのへのもへじ」に潜在する可能性を展開し、日本の文化を発信することにもなる。10秒で描ける文字絵によって世界の人々と楽しいコミュニケーションをはかる、そのためにも傑作を作らねばと思う今日この頃である。

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(「コムソフィア」50号記念号予稿)

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2005年9月24日 (土)

合唱劇「カネト」をうたう合唱団

 きのうの秋分の日、大学卒業以来20数年ぶりに、グリークラブ時代の友人と再会した。中勘助について書いたときに話題にした美声の彼である。愛知県からその彼が久しぶりに上京して来るから会わないかと、グリーの別の友人から連絡を受け、ベースの同級生3人で会うことになったのだった。
 五十前後まで生きていると、誰にでも紆余曲折がある。ひとしきりお互いの身の上話をしたあと、彼がこの10年来関わっているという合唱団の話になった。それはグリーのような男声合唱とは異なり、物語にそって親子で歌うものだそうだ。名前は合唱劇「カネト」をうたう合唱団という。
 ホームページを見ると、「飯田線中部の前身「三信鉄道」の建設時に、測量技師・現場監督を務めた、アイヌの技術者「川村カネト(川村カ子ト)」氏の生涯を題材とした合唱劇です」との説明がある。
 こんなふうに地域の親子で活動している合唱団があることを知って少々驚いた。この合唱劇の作曲者藤村記一郎氏はアマチュアで、高校で数学の先生をされており、他にも氏の作品である「ぞうれっしゃがやってきた」をうたう合唱団もあるとのこと。
 子供たちにいろいろと東京の土産話をしてあげるのだ、という友人の話しぶりは楽しそうだった。汐留カレッタを見たいという彼の希望で、日テレプラザのタリーズコーヒーでお茶して、お開きに。新橋駅で、またの再会を約した。 コメントをどうぞ

追記: 「これ知ってる?」 と、最近出た「のだめカンタービレ」の第13巻を彼が取り出した。名前は知っていたけれど、読んだことはない。やっぱり読んでみようかな。

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2005年9月23日 (金)

アンパンマンあんぱん

 汐留・日テレプラザ『アンパンマンテラス』の前にアンパンマンあんぱんの車(名前があるのかもしれない)が止まっていた。その車にアンパンマンの「スペシャルセット」が外から見えるようにディスプレイされていた。
 6個のセットになっていて、内容は、あんぱんまん(あんぱん)、ばいきんまん(チョコパン)、メロンパンナ(メロンパン)、ドキンちゃん(イチゴジャムパン)、カレーパンマン(カレーパン)、しょくぱんまん(フレンチトースト風)だそうだ。
 
ドキンちゃんがイチゴジャムパンなのには、何かいわれがあるのだろうか?    それはさておき、これは人気があるだろうなと思った。キャラクターの魅力は、やはりすごい。夜も遅くて閉まっていたので買えなかったが,私も欲しくなった。パンを同じ材料で作るにしても、うれしいし、楽しい。こんなところにも生きている喜びは感じられるものだ。  コメントをどうぞ

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2005年9月22日 (木)

祝「ルミナス英和辞典」第2版(研究社)発刊 !!

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 初版に引き続き,制作のお手伝いをさせていただいた「ルミナス英和辞典」第2版が10月7日に発売される。見本を1冊、研究社の編集部から送っていただいたので、さっそくページを繰ってみた。
 文法、語法、構文、句動詞、関連表現、ミニ語彙欄、単語の記憶、会話、リスニング、日英比較、コロケーション、コーパス・キーワード、参考など、囲み記事がきわめて多彩である。たぶん、この点が、例えば私が高校時代に使っていた、同じく研究社の「新英和中辞典」第3版(1972年6月第9刷)あたりと比べると、最大の違いであろう。「新英和中辞典」には囲み記事がなく、今から振り返ると、きわめてシンプルな作りであった(それはそれで、好きだったが)。
 TOEIC®によく出る2千語の頻度表示は新機軸で、生きた英語表現に気を配りたい人にとっては、1つの指針となるであろう。
 今の辞書では二色刷が当たり前であるが、30年前はスミ一色がほとんどだった。レイアウトも含めて,辞書についても見て楽しむ要素がますます強調されてきている。囲み記事も二色刷りも見やすいレイアウトも、すべて使いやすい辞書を読者に提供しようという努力の積み重ねの結果と言えるだろう。
 「ルミナス英和辞典」第2版は、引く人の便を考えて進化してきた結果、現時点では最も使いやすく、内容的にも最先端の辞書の1つとなったと思われる(書店の店頭で他の版元の辞書と読み比べてみてはいかがでしょうか)。
 新しい時代、新しい世代には、新しい辞書が必要となる。blogもinternetも30年前の辞書には影も形もなかった。この新しい時代の英和辞典を、学齢期のお子様をもつすべての方に、そしてもちろん一般の方にもお薦めします。(来年高校に進学予定の我が子にも、この辞書で勉強させます)。 コメントをどうぞ

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2005年9月21日 (水)

「奇妙図彙」の古法、「長づる」

「奇妙図彙」の古法から--☆☆☆その(2) ☆☆☆--の漢字は、「長」でした。それを鶴に見立てています。それで、その名を「長づる」というようです。「鶴は千年、亀は万年」ということわざがあります。それに合うような文脈で、正月にでも描かれたのでしょうか? 何かご存知の方は、どうぞご一報ください。 コメントをどうぞ

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2005年9月20日 (火)

ボストン・レッドソックス対セントルイス・カーディナルス {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 10}

 きのうの大リーガーで思い出したが、'76年夏にボストンの球場で,ボストン・レッドソックス対セントルイス・カーディナルスの試合を見たことがあった。
 そもそも私は野球に興味がない。よほどのことがない限り野球は見ない。だから、この時はよほどの時だったのだ。話の種に大リーグの試合を見ておこうと思ったのである。
 記憶に残っているのは、とにかく決着がつかなくて、やたら長い試合になってしまったことだ。13、4回か、あるいは15、6回にまでもつれこんだだろうか。夜もかなり遅かったので、いつになったら終わるのだろうかと、気が気ではなかった。アメリカは物騒だという話をだいぶ聞いていたから......。途中で宿へ帰ろうかとも思ったが、こんな機会は二度とないだろうからということで、結局最後まで見てしまった。
 試合はカーディナルスがずっと押し気味で、最後の土壇場でレッドソックスが逆転した(あるいは、逆だったか......?)。席はフェンスのすぐ近くだった。試合が終わった直後に、ベンチに引き上げてきた守備側の黒人の選手が、私の近くに座っていた男の子に向けて、たぶんサービスだったのだろうが,ボールをトスしてくれた(確か、その男の子がボールをくれと声をかけたのだった。投げてくれたのは、負けた側のカーディナルスの選手だったはずだ。何故こんなことを覚えているのだろう。ボールが飛んできて歓声があがったためだったろうか......。ボールは男の子にわたったんだったっけ?)
 試合終了後は素っ気なかった。選手はみな、さっさと引き上げてしまう。選手同士が終了の挨拶を交わすことはなかった。十二時をまわっていたかもしれない。これからどうやって宿まで帰ろうかと、アメリカでたった独り、心細くてやや途方にくれた。歩いて帰ったのか、タクシーに乗ったのか,今では覚えていない。
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2005年9月19日 (月)

チェリストならば、ナヴァラ! {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 9}

 チェリストならは、アンドレ・ナヴァラ!  得物かかえてさっと登場、演奏済んだらささっと退場。'70年代、都市センター。演目、バッハの無伴奏。 朗々たるかな、その音色。
 こちらの感動をよそに、為すべきことを為して「はい、さようなら」。このチェロの巨匠は大リーガーに近かったのかもしれない。
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2005年9月18日 (日)

ハイドン三体: こうも描ける、ああも描ける

 描く人ごとに描くたびごとに「へのへのもへじ」の顔が変わるように、作曲家文字絵の顔も変わる。それはタイポグラフィやカリグラフィにおける書体のようなものとも考えられる。Haydnの場合で考えてみる。

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 論点ないし問題点を未整理まま順不同に列挙する。

(1)類似度----本人に似ているか?  ハイドンの写真は残っていないが、肖像画や彫像は残っている。文字絵がそれらと比べて似ているかどうか?  (これは、肖像は似ていなければ意味がない、という考え方に基づいた問題意識である。しかし、似ていなくてもよいのではないか、という考え方もありうる。)
(2)飾り書き----カリグラフィの用語でscroll(スクロール)とかフローリッシュ(flourish)と呼ばれる飾り書きをどう考えるか(あるいは、どう利用するか)。飾り書きにより、示差的な特徴が出せることがある。例えば、(C)のリアルHaydnのnの末尾のスクロールによって、かつらの巻き毛を表わすような場合である。このように、飾り書きを何かに見立てれば、類似度を高める技法となることもある。
(3)手心----例えば、hで示されるリアルHaydnの鼻梁に微妙なカーブを加えることにより、ハイドンの鼻らしくなる。下唇を表わすように、普通とは逆方向にyの起始部を丸めるのも手心である。その他、aの楕円部に角を付けることもそうである。
(4)同一性の認知----描線の背後に隠された文字を認識できるか否かに関連した問題である。これには、さまざまな場合がある。

  1) 文字絵と知らされないで、→  ただの線画とうけとる。
   2) 文字絵と知らされなくとも、→ 背後に隠されたを文字を見抜く。
 
3) 文字絵と知らされ、       → 背後に隠された文字を見抜く。
              
3)-1 → 文字と線の対応に納得する。
              
3)-2 → 文字と線の対応に納得しない。
 
4) 文字絵と知らされても、 → 背後に隠された文字がわからない。
              
4)-1 → 説明されても文字と線の対応に納得しない。

 (1)〜(4)はどれも定量的に数値で扱えるわけではなく、あくまでもこう感じるとしか言えない問題である。(2)と(3)は文字の変形度に関わり、(1)の類似度との関連で考慮されることが多いであろう。それに対して(4)は、文字絵というジャンルの存立にも関わりうる(この問題は、先ほどの類似度の問題と同様に、似ていなければいやな人やわからない人に対して、さようならと言ってしまえばおしまいになる。つまり、他の多くのことば遊びと同様に、あれこれあげつらう人やわからない人は敬遠しようという話になりかねない。でも、そうはしたくない)。
 以上のことを頭の片隅において、(A)(B)(C)のハイドンについて、手短かにご説明したい。まず、(A)はラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの作曲家文字絵ワークシートに用いた絵柄、(B)は缶バッジやTシャツの見本を作ったときの絵柄,(C)はハイドンの顔に写実的に迫ることを試みた際の絵柄である。
 h-a-y-D-nの位置関係はみな同じなのだが、顔はそれぞれ異なっている。それは、字形が異なっているためである。上にあげた「飾り書き」や「手心」の有無も、もちろん影響している。他には、yの2ストロークめの違いが目立っている。(A)と(B)では何を表わしているかよくわからなかったのを、(C)では白い襟飾りと見立てた。
 (A)(B)(C)を見て想像できることは、h-a-y-D-nの表現形は他にも(D)(E)(F)......と続くだろうということである(実際、無数にありうる)。そのなかで、どれがよいかということになれば、本人に似ているか否かが基準になるであろうということは理解できる。この点が、モデルのある「Haydn」とモデルのない「へのへのもへじ」の違いである。そして、作曲家文字絵シリーズは、モデルとなる人物がいるという点で、今までの文字絵とは決定的に異なっている
 似ていなければ問題にならないとする立場からは,例えば子供っぽい(A)はよくない、という意見も出るかもしれない。しかし、誰でも描ける「へのへのもへじ」を考えればわかるように、私は手描き文字絵の趣旨を、みんなで描いて楽しみましょうということに置きたい。単に作品を享受するだけでなく、気軽に手を動かして描いてみること、そこに一般のアートとは違う可能性が開けると思う。ということで、あなたもHaydnを描いてみませんか?
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2005年9月17日 (土)

若年のブラームス

 フランソワーズ・サガンが昨年の9月24日に、その訳者として有名だった朝吹登水子さんが今年の9月2日に亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。
 二十代の頃、朝吹さんの訳されたサガンの小説を立て続けに何冊も読んだことがあり、そのときに「ブラームスはお好き」も読みました。しかし、今ではこの小説がどんなあらすじだったかさえ思い出せません。サガンの小節は、ほろ苦い読後感が共通していて、かわりばえがしない、というのがその当時の感想でしたが,今読み返せば違うのかな?
 それはさておき、この「ブラームスはお好き」というタイトルはぴたり決まっていて、とてもうまいですね。例えばこれを「ブルックナーはお好き」とか「マーラーはお好き」と言い換えてみると、何か落ち着きません。個人的には、むしろ後の二人のほうに熱くなってしまったことがあるのですが。
 聴く人を熱くさせないのがブラームスの音楽の良い点なのかも知れません。ロマンティックって、この人の第4番あたりの交響曲に最もよくあてはまるフレーズのような気もします。
 先日の作曲家文字絵クイズ Part IIIの答えは、そんなブラームスの若い頃を美化? したイメージでした。  コメントをどうぞ

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2005年9月16日 (金)

「奇妙図彙」の古法から--☆☆☆その(2) ☆☆☆--

chouzuruきのうに引き続き,これも京伝の「奇妙図彙」から。これは何という字かおわかりでしょうか?
それと、何の絵でしょう?
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2005年9月15日 (木)

山東京伝「奇妙図彙」のヘマムショ入道

hemamusho_kimyouzui  これがうわさの「ヘマムショ入道」(ヘマムシヨ入道)です。一説によると,室町時代にはすでにあったとされています。
 山東京伝(1761〜1816)は、最も有名な戯作者です。いろいろおかしなことを考えた人でした。
 「奇妙図彙」には、いろいろな文字絵が集められています。 コメントをどうぞ
 

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2005年9月14日 (水)

作曲家文字絵クイズ Part III

後ろ手で闊歩するでっぷりした髭もじゃおじさん、というイメージの強い作曲家です。しかし、若い頃はなかなかの美青年であったようです。これはそのころの彼(のつもり)です。さあ、誰でしょう?     コメントをどうぞ


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2005年9月13日 (火)

「銀の匙」とヘマムシ入道

 銀の匙さんのご来訪を受け、思うところあり、中勘助を初めて読んだ。きょうは「銀の匙」の前編を...。あすは後編を読む。
 グリークラブ時代に、「中勘助、中勘助」と、とても美声のベースの同級生が騒いでいた。それで、以前から中勘助の名前は知っており、「銀の匙」という名作のうわさも耳にしていた。いつか読まねば、とは思っていた。その長年の懸案に終止符を打つべく、本日急遽図書館に赴き、ちくま日本文学全集の「中勘助」を借りてきた。(ちなみに、彼が言っていたのは、多田武彦の男声合唱組曲「中勘助の詩から」のことです。)
 なつかしい感じ...。子供時代の思い出は、みな一人ひとり違うし、今と100年前とでは大変な相違があるとは思うけれど、それにもかかわらず、今の若い人が読んでも、この作品にどこからしらなつかしさを感ずるのではないだろうか。
 例えば、おか鬼、石蹴り、お手玉が出てくる。「ひいらいた、ひいらいた、なんのはなひらいた、れんげのはなひらいた......」というわらべ歌の場面もある。伯母に連れられて行った見世物小屋では、俵を運ぶ鼠の芸当が好きだったことが回想される。たわいもない細部と言ってしまうとそれだけなのだが、自分で経験していないにもかかわらず、何となくそうそう、そんなことがあった気がすると感じてしまう何かが、「銀の匙」にはある。この作品は、日本人に共通の幼年時代感覚とも言うべき何かを描くことに成功している。それが名作たる所以なのだろう。
 前編の最後に、私にとって特にうれしいくだりが見つかった。それは引っ越してしまったおけいちゃんが使っていた学校の机に「鉛筆で山水天狗ヘマムシ入道がいっぱい書いてあった」ことだった。
 中勘助がおけいちゃんの「ヘマムシ」を発見する約90年前には、ヘマムシ入道はヘマムショ入道の形で鍬形惠斎の近世職人尽絵巻(きんせいしょくにんづくしえまき、東京国立博物館)に描かれている。今から約200年前すでに寺子屋