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2005年9月30日 (金)

アラン・ロンバール/ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団 {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 11}

 アラン・ロンバール/ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団の初来日演奏会を日比谷公会堂で聴いたのは、この来日オーケストラ公演一覧によると1976年5月15日のようだ。曲目は、ベルリオーズのロミオとジュリエットからの抜粋とブラームスの交響曲第4番であった。
 この演奏会には、確かチケットがあまっているから行かないかとグリーの先輩から誘われて行ったのだった。フランスで3番目くらいにうまいオケと聞いていた(事実だったかどうかは知らない)。ベルリオーズの「ロミオとジュリエット」からの抜粋については、印象に残っていない。交響曲第4番については、軽めの、明るめのブラームスだったと記憶している。「ブラームスはお好き」とフランス人が誰かに聞くときには、あのようなブラームスをイメージしているのかもしれない。
 ロンバールの指揮ぶりに聴衆は半ばあきれ、含み笑いさえかすかに漏れた。といっても、曲の最初だけだったが...。彼は、聴衆に向かって礼をしてから、まさしく振り返り様に指揮棒を振り下ろしたのだった。あれ以来、多くの指揮者をみているが、あんなにせっかちに曲を演奏し始めた指揮者は他に知らない。颯爽ともいえばいえたのだが、それにしてもあまりにも曲の開始が急すぎた。演奏が終わってからも、余韻を楽しむという感じではなく、スタスタと行ってしまった。それがいちばん印象に残っている。
 指揮者のアラン・ロンバールは、今もスイス・イタリア管弦楽団で活躍しているようで、ご同慶の至りである。先日の秋分の日にも、NHK FMのベスト・オブ・クラシックで、アスコーナ音楽週間2004の録音が放送されたとのこと。彼の今の指揮はどうなっているのかなあ......。
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2005年9月29日 (木)

のだめカンタービレ 第9巻〜第13巻

 のだめカンタービレ 第9巻〜第13巻、一気に読んでしまった。
 ・のだめの親の顔を見てしまった。けっこう家がかたづいているではないですか。
 ・ハイドンはいいですよね。
 ・でも、とにかく、まだ当分完結しそうもないので、よかった。
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2005年9月28日 (水)

のだめカンタービレ 第6巻〜第8巻

 のだめカンタービレ 第6巻〜第8巻。
 ・せっかく神さまがくれたであろうたったひとつかもしれないプレゼントを無にしてはいけないよ(三善竹彦)・・・いいこと言いますね。
 ・音楽をやっていくには才能だけじゃなく運も絶対必要だ(佐久間学)。
 ・もじゃもじゃ組曲、聴いてみたい!
 ・こいつはただ上手いだけやない。人の心を動かす何かを持ってんのや。
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2005年9月27日 (火)

のだめカンタービレ 第4巻、第5巻

 きのうに引き続き、「のだめカンタービレ」の第4巻と第5巻の感想を少々。
 ・「みそ字」のフォント、素敵デス。
 ・意味は違うけれど、リアルのだめはリアルHaydnと同じ表現だ。
 ・「カナヅチ」の気持ちは「カナヅチ」にしかわからない。
 ・オランウータンの「のだめ」で、宇佐美圭司を連想した。
 ・Sオケのマングースからホタルの墓への落差がいい(第5巻)。

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2005年9月26日 (月)

のだめカンタービレ 第1巻〜第3巻

 遅ればせながら、「のだめカンタービレ」の第1巻から第3巻までを読みました。アトランダムに感想を述べてみます。
 ・表紙の「だ」と「ビ」の濁点が、八分音符になっているのがよい。
 ・「のだめ」の親の顔が見てみたい。
 ・報われないボランティアにいそしむ千秋は、とても立派だ。
 ・ピアノソナタ<清掃>とは、思いもよらぬネーミング。
 ・「ゴミの中で美しく響くピアノ・ソナタ」・・・逆説。
 ・「のだめ」さんという名前の人は、実在しているですね。
 ・時と場所は違っても、学生時代の浮かれ騒ぎは、どことなく似ている。
 ・ハイドンはグラドゥス・アド・パルナッスムを使ってベートーヴェンに対位法を教えた。・・・なるほど。マンガでこういうトリビアを読むと、覚えますね。
 ・敵は最初からこたつではなく「のだめ」だったのだと悟った千秋だったーーーもしかしたら、この言葉は、このマンガの結末いかんにかわらず、人間の相性というものに対する洞察を含んでいるかもしれない。こたつが室町時代からとは、けっこう古いデスね。   コメントをどうぞ

 

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2005年9月25日 (日)

「へのへのもへじ」は世界を結ぶ

 二ノ宮知子著のマンガ「のだめカンタービレ」(講談社)や「ベストクラシック100」(東芝EMI)が大ヒットしている。クラシック音楽界に明るい話題が続く中、ゴールデンウィークの4/29、30、5/1を中心にラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが東京国際フォーラムで開催され、30万人以上が集った。1995年にフランスのナントで始まった音楽祭が日本で初めて行われ、会場は子供を含む聴衆であふれた。今年、テーマの作曲家はベートーベン。来年は生誕250周年となるモーツァルトである。
 文字絵研究所では、この3日間、朝10時から夕方6時まで「作曲家文字絵ワークショップ」を展開した。「へのへのもへじ」の原理で作曲家の似顔絵を描く(下図参照)。すべてアルファベットである。参加者には、ワークシートでの練習の後、ハガキ大の額縁シートにサインペンや色鉛筆などで色をつけて仕上げていただいた(http://mojieken.cocolog-wbs.com/ld/[10億人が楽しめる手描き文字絵]で、様子がご覧いただけます)。このワークショップは大盛況であった。アンケートの結果,5歳前後の子供から年配の女性にまで、楽しかった、面白かったとの声をいただいた。
 アルファベットでも文字絵は作れる。ひらがなやアルファベット以外の文字でも創作できるはずである。その可能性を追究し多くの人と分かち合いたい、そんな思いで昨年の秋に文字絵研究所を立ち上げた。ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)のワークショップはその第一歩であった。手始めに作曲家文字絵を世界中に伝えたいと思う。それは、「へのへのもへじ」に潜在する可能性を展開し、日本の文化を発信することにもなる。10秒で描ける文字絵によって世界の人々と楽しいコミュニケーションをはかる、そのためにも傑作を作らねばと思う今日この頃である。

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(「コムソフィア」50号記念号予稿)

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2005年9月24日 (土)

合唱劇「カネト」をうたう合唱団

 きのうの秋分の日、大学卒業以来20数年ぶりに、グリークラブ時代の友人と再会した。中勘助について書いたときに話題にした美声の彼である。愛知県からその彼が久しぶりに上京して来るから会わないかと、グリーの別の友人から連絡を受け、ベースの同級生3人で会うことになったのだった。
 五十前後まで生きていると、誰にでも紆余曲折がある。ひとしきりお互いの身の上話をしたあと、彼がこの10年来関わっているという合唱団の話になった。それはグリーのような男声合唱とは異なり、物語にそって親子で歌うものだそうだ。名前は合唱劇「カネト」をうたう合唱団という。
 ホームページを見ると、「飯田線中部の前身「三信鉄道」の建設時に、測量技師・現場監督を務めた、アイヌの技術者「川村カネト(川村カ子ト)」氏の生涯を題材とした合唱劇です」との説明がある。
 こんなふうに地域の親子で活動している合唱団があることを知って少々驚いた。この合唱劇の作曲者藤村記一郎氏はアマチュアで、高校で数学の先生をされており、他にも氏の作品である「ぞうれっしゃがやってきた」をうたう合唱団もあるとのこと。
 子供たちにいろいろと東京の土産話をしてあげるのだ、という友人の話しぶりは楽しそうだった。汐留カレッタを見たいという彼の希望で、日テレプラザのタリーズコーヒーでお茶して、お開きに。新橋駅で、またの再会を約した。 コメントをどうぞ

追記: 「これ知ってる?」 と、最近出た「のだめカンタービレ」の第13巻を彼が取り出した。名前は知っていたけれど、読んだことはない。やっぱり読んでみようかな。

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2005年9月23日 (金)

アンパンマンあんぱん

 汐留・日テレプラザ『アンパンマンテラス』の前にアンパンマンあんぱんの車(名前があるのかもしれない)が止まっていた。その車にアンパンマンの「スペシャルセット」が外から見えるようにディスプレイされていた。
 6個のセットになっていて、内容は、あんぱんまん(あんぱん)、ばいきんまん(チョコパン)、メロンパンナ(メロンパン)、ドキンちゃん(イチゴジャムパン)、カレーパンマン(カレーパン)、しょくぱんまん(フレンチトースト風)だそうだ。
 
ドキンちゃんがイチゴジャムパンなのには、何かいわれがあるのだろうか?    それはさておき、これは人気があるだろうなと思った。キャラクターの魅力は、やはりすごい。夜も遅くて閉まっていたので買えなかったが,私も欲しくなった。パンを同じ材料で作るにしても、うれしいし、楽しい。こんなところにも生きている喜びは感じられるものだ。  コメントをどうぞ

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2005年9月22日 (木)

祝「ルミナス英和辞典」第2版(研究社)発刊 !!

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 初版に引き続き,制作のお手伝いをさせていただいた「ルミナス英和辞典」第2版が10月7日に発売される。見本を1冊、研究社の編集部から送っていただいたので、さっそくページを繰ってみた。
 文法、語法、構文、句動詞、関連表現、ミニ語彙欄、単語の記憶、会話、リスニング、日英比較、コロケーション、コーパス・キーワード、参考など、囲み記事がきわめて多彩である。たぶん、この点が、例えば私が高校時代に使っていた、同じく研究社の「新英和中辞典」第3版(1972年6月第9刷)あたりと比べると、最大の違いであろう。「新英和中辞典」には囲み記事がなく、今から振り返ると、きわめてシンプルな作りであった(それはそれで、好きだったが)。
 TOEIC®によく出る2千語の頻度表示は新機軸で、生きた英語表現に気を配りたい人にとっては、1つの指針となるであろう。
 今の辞書では二色刷が当たり前であるが、30年前はスミ一色がほとんどだった。レイアウトも含めて,辞書についても見て楽しむ要素がますます強調されてきている。囲み記事も二色刷りも見やすいレイアウトも、すべて使いやすい辞書を読者に提供しようという努力の積み重ねの結果と言えるだろう。
 「ルミナス英和辞典」第2版は、引く人の便を考えて進化してきた結果、現時点では最も使いやすく、内容的にも最先端の辞書の1つとなったと思われる(書店の店頭で他の版元の辞書と読み比べてみてはいかがでしょうか)。
 新しい時代、新しい世代には、新しい辞書が必要となる。blogもinternetも30年前の辞書には影も形もなかった。この新しい時代の英和辞典を、学齢期のお子様をもつすべての方に、そしてもちろん一般の方にもお薦めします。(来年高校に進学予定の我が子にも、この辞書で勉強させます)。 コメントをどうぞ

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2005年9月21日 (水)

「奇妙図彙」の古法、「長づる」

「奇妙図彙」の古法から--☆☆☆その(2) ☆☆☆--の漢字は、「長」でした。それを鶴に見立てています。それで、その名を「長づる」というようです。「鶴は千年、亀は万年」ということわざがあります。それに合うような文脈で、正月にでも描かれたのでしょうか? 何かご存知の方は、どうぞご一報ください。 コメントをどうぞ

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2005年9月20日 (火)

ボストン・レッドソックス対セントルイス・カーディナルス {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 10}

 きのうの大リーガーで思い出したが、'76年夏にボストンの球場で,ボストン・レッドソックス対セントルイス・カーディナルスの試合を見たことがあった。
 そもそも私は野球に興味がない。よほどのことがない限り野球は見ない。だから、この時はよほどの時だったのだ。話の種に大リーグの試合を見ておこうと思ったのである。
 記憶に残っているのは、とにかく決着がつかなくて、やたら長い試合になってしまったことだ。13、4回か、あるいは15、6回にまでもつれこんだだろうか。夜もかなり遅かったので、いつになったら終わるのだろうかと、気が気ではなかった。アメリカは物騒だという話をだいぶ聞いていたから......。途中で宿へ帰ろうかとも思ったが、こんな機会は二度とないだろうからということで、結局最後まで見てしまった。
 試合はカーディナルスがずっと押し気味で、最後の土壇場でレッドソックスが逆転した(あるいは、逆だったか......?)。席はフェンスのすぐ近くだった。試合が終わった直後に、ベンチに引き上げてきた守備側の黒人の選手が、私の近くに座っていた男の子に向けて、たぶんサービスだったのだろうが,ボールをトスしてくれた(確か、その男の子がボールをくれと声をかけたのだった。投げてくれたのは、負けた側のカーディナルスの選手だったはずだ。何故こんなことを覚えているのだろう。ボールが飛んできて歓声があがったためだったろうか......。ボールは男の子にわたったんだったっけ?)
 試合終了後は素っ気なかった。選手はみな、さっさと引き上げてしまう。選手同士が終了の挨拶を交わすことはなかった。十二時をまわっていたかもしれない。これからどうやって宿まで帰ろうかと、アメリカでたった独り、心細くてやや途方にくれた。歩いて帰ったのか、タクシーに乗ったのか,今では覚えていない。
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2005年9月19日 (月)

チェリストならば、ナヴァラ! {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 9}

 チェリストならは、アンドレ・ナヴァラ!  得物かかえてさっと登場、演奏済んだらささっと退場。'70年代、都市センター。演目、バッハの無伴奏。 朗々たるかな、その音色。
 こちらの感動をよそに、為すべきことを為して「はい、さようなら」。このチェロの巨匠は大リーガーに近かったのかもしれない。
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2005年9月18日 (日)

ハイドン三体: こうも描ける、ああも描ける

 描く人ごとに描くたびごとに「へのへのもへじ」の顔が変わるように、作曲家文字絵の顔も変わる。それはタイポグラフィやカリグラフィにおける書体のようなものとも考えられる。Haydnの場合で考えてみる。

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 論点ないし問題点を未整理まま順不同に列挙する。

(1)類似度----本人に似ているか?  ハイドンの写真は残っていないが、肖像画や彫像は残っている。文字絵がそれらと比べて似ているかどうか?  (これは、肖像は似ていなければ意味がない、という考え方に基づいた問題意識である。しかし、似ていなくてもよいのではないか、という考え方もありうる。)
(2)飾り書き----カリグラフィの用語でscroll(スクロール)とかフローリッシュ(flourish)と呼ばれる飾り書きをどう考えるか(あるいは、どう利用するか)。飾り書きにより、示差的な特徴が出せることがある。例えば、(C)のリアルHaydnのnの末尾のスクロールによって、かつらの巻き毛を表わすような場合である。このように、飾り書きを何かに見立てれば、類似度を高める技法となることもある。
(3)手心----例えば、hで示されるリアルHaydnの鼻梁に微妙なカーブを加えることにより、ハイドンの鼻らしくなる。下唇を表わすように、普通とは逆方向にyの起始部を丸めるのも手心である。その他、aの楕円部に角を付けることもそうである。
(4)同一性の認知----描線の背後に隠された文字を認識できるか否かに関連した問題である。これには、さまざまな場合がある。

  1) 文字絵と知らされないで、→  ただの線画とうけとる。
   2) 文字絵と知らされなくとも、→ 背後に隠されたを文字を見抜く。
 
3) 文字絵と知らされ、       → 背後に隠された文字を見抜く。
              
3)-1 → 文字と線の対応に納得する。
              
3)-2 → 文字と線の対応に納得しない。
 
4) 文字絵と知らされても、 → 背後に隠された文字がわからない。
              
4)-1 → 説明されても文字と線の対応に納得しない。

 (1)〜(4)はどれも定量的に数値で扱えるわけではなく、あくまでもこう感じるとしか言えない問題である。(2)と(3)は文字の変形度に関わり、(1)の類似度との関連で考慮されることが多いであろう。それに対して(4)は、文字絵というジャンルの存立にも関わりうる(この問題は、先ほどの類似度の問題と同様に、似ていなければいやな人やわからない人に対して、さようならと言ってしまえばおしまいになる。つまり、他の多くのことば遊びと同様に、あれこれあげつらう人やわからない人は敬遠しようという話になりかねない。でも、そうはしたくない)。
 以上のことを頭の片隅において、(A)(B)(C)のハイドンについて、手短かにご説明したい。まず、(A)はラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの作曲家文字絵ワークシートに用いた絵柄、(B)は缶バッジやTシャツの見本を作ったときの絵柄,(C)はハイドンの顔に写実的に迫ることを試みた際の絵柄である。
 h-a-y-D-nの位置関係はみな同じなのだが、顔はそれぞれ異なっている。それは、字形が異なっているためである。上にあげた「飾り書き」や「手心」の有無も、もちろん影響している。他には、yの2ストロークめの違いが目立っている。(A)と(B)では何を表わしているかよくわからなかったのを、(C)では白い襟飾りと見立てた。
 (A)(B)(C)を見て想像できることは、h-a-y-D-nの表現形は他にも(D)(E)(F)......と続くだろうということである(実際、無数にありうる)。そのなかで、どれがよいかということになれば、本人に似ているか否かが基準になるであろうということは理解できる。この点が、モデルのある「Haydn」とモデルのない「へのへのもへじ」の違いである。そして、作曲家文字絵シリーズは、モデルとなる人物がいるという点で、今までの文字絵とは決定的に異なっている
 似ていなければ問題にならないとする立場からは,例えば子供っぽい(A)はよくない、という意見も出るかもしれない。しかし、誰でも描ける「へのへのもへじ」を考えればわかるように、私は手描き文字絵の趣旨を、みんなで描いて楽しみましょうということに置きたい。単に作品を享受するだけでなく、気軽に手を動かして描いてみること、そこに一般のアートとは違う可能性が開けると思う。ということで、あなたもHaydnを描いてみませんか?
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2005年9月17日 (土)

若年のブラームス

 フランソワーズ・サガンが昨年の9月24日に、その訳者として有名だった朝吹登水子さんが今年の9月2日に亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。
 二十代の頃、朝吹さんの訳されたサガンの小説を立て続けに何冊も読んだことがあり、そのときに「ブラームスはお好き」も読みました。しかし、今ではこの小説がどんなあらすじだったかさえ思い出せません。サガンの小節は、ほろ苦い読後感が共通していて、かわりばえがしない、というのがその当時の感想でしたが,今読み返せば違うのかな?
 それはさておき、この「ブラームスはお好き」というタイトルはぴたり決まっていて、とてもうまいですね。例えばこれを「ブルックナーはお好き」とか「マーラーはお好き」と言い換えてみると、何か落ち着きません。個人的には、むしろ後の二人のほうに熱くなってしまったことがあるのですが。
 聴く人を熱くさせないのがブラームスの音楽の良い点なのかも知れません。ロマンティックって、この人の第4番あたりの交響曲に最もよくあてはまるフレーズのような気もします。
 先日の作曲家文字絵クイズ Part IIIの答えは、そんなブラームスの若い頃を美化? したイメージでした。  コメントをどうぞ

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2005年9月16日 (金)

「奇妙図彙」の古法から--☆☆☆その(2) ☆☆☆--

chouzuruきのうに引き続き,これも京伝の「奇妙図彙」から。これは何という字かおわかりでしょうか?
それと、何の絵でしょう?
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2005年9月15日 (木)

山東京伝「奇妙図彙」のヘマムショ入道

hemamusho_kimyouzui  これがうわさの「ヘマムショ入道」(ヘマムシヨ入道)です。一説によると,室町時代にはすでにあったとされています。
 山東京伝(1761〜1816)は、最も有名な戯作者です。いろいろおかしなことを考えた人でした。
 「奇妙図彙」には、いろいろな文字絵が集められています。 コメントをどうぞ
 

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2005年9月14日 (水)

作曲家文字絵クイズ Part III

後ろ手で闊歩するでっぷりした髭もじゃおじさん、というイメージの強い作曲家です。しかし、若い頃はなかなかの美青年であったようです。これはそのころの彼(のつもり)です。さあ、誰でしょう?     コメントをどうぞ


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2005年9月13日 (火)

「銀の匙」とヘマムシ入道

 銀の匙さんのご来訪を受け、思うところあり、中勘助を初めて読んだ。きょうは「銀の匙」の前編を...。あすは後編を読む。
 グリークラブ時代に、「中勘助、中勘助」と、とても美声のベースの同級生が騒いでいた。それで、以前から中勘助の名前は知っており、「銀の匙」という名作のうわさも耳にしていた。いつか読まねば、とは思っていた。その長年の懸案に終止符を打つべく、本日急遽図書館に赴き、ちくま日本文学全集の「中勘助」を借りてきた。(ちなみに、彼が言っていたのは、多田武彦の男声合唱組曲「中勘助の詩から」のことです。)
 なつかしい感じ...。子供時代の思い出は、みな一人ひとり違うし、今と100年前とでは大変な相違があるとは思うけれど、それにもかかわらず、今の若い人が読んでも、この作品にどこからしらなつかしさを感ずるのではないだろうか。
 例えば、おか鬼、石蹴り、お手玉が出てくる。「ひいらいた、ひいらいた、なんのはなひらいた、れんげのはなひらいた......」というわらべ歌の場面もある。伯母に連れられて行った見世物小屋では、俵を運ぶ鼠の芸当が好きだったことが回想される。たわいもない細部と言ってしまうとそれだけなのだが、自分で経験していないにもかかわらず、何となくそうそう、そんなことがあった気がすると感じてしまう何かが、「銀の匙」にはある。この作品は、日本人に共通の幼年時代感覚とも言うべき何かを描くことに成功している。それが名作たる所以なのだろう。
 前編の最後に、私にとって特にうれしいくだりが見つかった。それは引っ越してしまったおけいちゃんが使っていた学校の机に「鉛筆で山水天狗ヘマムシ入道がいっぱい書いてあった」ことだった。
 中勘助がおけいちゃんの「ヘマムシ」を発見する約90年前には、ヘマムシ入道はヘマムショ入道の形で鍬形惠斎の近世職人尽絵巻(きんせいしょくにんづくしえまき、東京国立博物館)に描かれている。今から約200年前すでに寺子屋の落書きに描かれるほどポピュラーであった「ヘマムショ」、それを約110年後に中勘助の幼なじみが鉛筆で描き、現在自分がブログでそれを話題にしている。それなら、100年後にも誰かがこの輪を引き継いでくれることが期待できそうだ。
 注: 「
おけいちゃん」の「けい」は「鍬形惠斎」の惠に草冠を加えた字です。
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2005年9月12日 (月)

巌本真理弦楽四重奏団の「大公」{RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 8}

 新日鉄コンサートの公開録音に応募して巌本真理弦楽四重奏団の演奏会を聴いたのは、1975年ごろのことだったと思う(他のメンバーは、友田啓明(Vn)、菅沼準二(Va)、黒沼俊夫(Cello))。場所は、世田谷の三軒茶屋あたりで、そのころはまだ都電が走っていたような気がする。(新日鉄コンサートは今年の3月で幕を閉じてしまった。残念 ! )
 当時私はクラシックを聴き始めてから間もなく、巌本真理弦楽四重奏団の何たるかを知らず、ベートーベンのピアノ三重奏曲「大公」が生で聴けると喜んで、いそいそと演奏会場に出かけていった。その少し前にFMでエア・チェック(今では、死語 ! )したこの曲をカセットデッキで繰り返して聴いて、とても気に入っていたのだった。
 他に演目はモーツァルトのフルート四重奏曲で、それも確か2曲演奏されたような気がする(フルートは大家の吉田雅夫さん)。
 巌本真理は1979年に亡くなったから、今思うと、彼女の弦楽四重奏団の演奏が生で聴けたことは、何と運がよかったことか !  (彼女はきのう図書館で読んだ「斎藤秀雄」の弟子だった。師が亡くなってから5年後に急逝したことになる)。
 チェロの黒沼俊夫さんが姉御肌だった巌本真理に何か繕い物をしてもらったというようなことを、何年か後に追悼番組で話していたのが、なぜか印象に残っている。
 室内楽の演奏にこのとき初めて接したのだったかもしれない。演奏は熱演だった。奏者たちの息づかいまで聞こえてきた(特に、巌本真理さんの......)。音楽とはこういうものなのかと思った。私にとって、「大公」はいつまでも巌本真理弦楽四重奏団とともにある。(でも、これって、弦楽四重奏曲ではないですね。それにピアノは誰だったんだろうか?  それと、弦楽四重奏曲は演奏されなかったのだろうか?)
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2005年9月11日 (日)

「嬉遊曲、鳴りやまず---斎藤秀雄の生涯」

 今日は、図書館でふと手にしたこの本を読みふけってしまった。音楽と、音楽のすばらしさを教えることにすべてを捧げた壮絶な人生......。死してなお、多くの弟子に影響を与え続けるその情熱......。
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2005年9月10日 (土)

エルミタージュのマティス{RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 7}

 「ダンス」を見て、「赤い部屋」を見て、「音楽」を見て、「芸術家の家族」も見ただろうか......。遠い日の記憶は印象の薄い順にあいまいになる。
 レニングラードのエルミタージュ美術館シチューキンによるマチスのコレクションに接してから二昔。時間が経つのは早い。そのころはマチスに興味をもってはいなかった。いずれにせよ、「ダンス」を前にして何なのこの絵、と思った気がする。誰でも描けそうじゃないか(自分の名誉のため、そのとき他に何を思ったかを、ここではこれ以上書かないことにする)。
 そう、今が大切。テレビでだけれど、昨日、NHKの世界美術館紀行「ロシアに咲くマティスの花園・ダンス秘話」で、エルミタージュにあるマティスの絵の数々を再び見て、色の鮮やかなのに驚く。かつてわからなかったことが今は感じられるようになった、よかった、よかった。そう思うことにしよう。
 マティスはシチューキンの家に2週間滞在したときに、それぞれの絵の色彩がより引き立つように、自分の絵の配置変えをしていったそうだ。展覧会に出した「ダンス」が酷評されたときに、シチューキンが励ましの手紙を送ったりして、二人の関係がまた、いい感じなんですね、これが。
 色彩もすばらしいけれど、私はマティスの線に、とても惹かれている。人物を描いた素描の線などは、気負いなく描いたように見えるけれど、やはりなかなか引けないんだろうな。このへんのことを、いつか調べたい(話がそれましたね)。
 この「ロシアに咲くマティスの花園・ダンス秘話」の再放送が、今月の16日と23日の午後10時からあるようです。一見の価値あり。お薦めです。
 付記: ニューヨーク近代美術館(MoMA)の「ダンス」第一作とエルミタージュの「ダンス」を比べると、いちばんわかりやすい違いは、右から2人目の人物の脚が開いているか、閉じているかであることに気づいた。エルミタージュのほうは、開いている。このほうが、躍動感が増しているように思う。
 おまけ情報: 10月22日から12月18日まで、東京都美術館でプーシキン美術館展が開かれます。そこでの目玉は、マティスの「金魚」のようです。
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2005年9月 9日 (金)

ヘンデル、へのへのもへじを応援する、の図

「へのへのもへじ」という素敵なサイトを見つけました。それで、なぜか余裕しゃくしゃく感のあるヘンデルさんに、声援を送ってもらうことにしました。(パーツ復元クイズ : ヘンデル編もどうぞ)

ゆとりのないとき、元気のないときは、こんなふうにささっと文字絵を描いて、好きな作曲家に励ましの言葉を言ってもらいましょう!?
handel090905コメントをどうぞ

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2005年9月 8日 (木)

「スタンプらりー」はこんな感じ

0908054cm×4cmのスタンブが7個、1つの丸テーブルに置いてあって、そのテーブルの周りをまわって、7人の顔を押していきます。1カ所ですべてのスタンプが押せてしまうという超お手軽なスタンプらりーでした。 コメントをどうぞ

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2005年9月 7日 (水)

陶酔のシューベルト

パーツ復元クイズ : シューベルト編の答え: schubert090705
残りの4文字配置です。

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2005年9月 6日 (火)

ラ・フォル・ジュルネのワークショップ

 「作曲家文字絵ワークショップ」は、3つの小コーナー(顔ハメパネルスタンプらりー演奏家コーナー)とスタッフ用の丸テーブル(1つ)、それにワークシートで作業するための机5脚(180cm×60cm)から成っていました。丸テーブルはスタッフ用も含めて、直径1m20cm のものが3つ。丸テーブルと長机にはそれぞれ折りたたみ式の椅子が配されていました。
 場所は、東京国際フォーラムA展示室に設営されたベートーベン市場の入り口から向かって左手のガラス壁面に沿った細長いスペースでした。ここは、中庭からホールAへ向かう通路と並行しており、ホールAでのコンサートが終わると人がどっと流れ込んできます。そのことが多くの方にワークショップに参加していただけた理由の1つとなったと考えられます。
 ワークショップの内容は、参加者に、ベートーベン、ハイドン、モーツァルト、ヘンデル、ショパン(下の図)、マーラー、ブルックナーのワークシート(それぞれA4)の中から1枚を選んで文字絵の練習をしていただいた後に、ハガキサイズの清書用の額縁シートにサインペンや色鉛筆などの好きな筆記具でその作曲家の似顔絵を仕上げていただく、というものでした。以下は、3日間のワークショップ(4/29、30、5/1の10:00〜18:00)を終えた後に書いた簡単な報告です。
chopin0424050906

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 同じ作曲家の文字絵でも、清書の仕上がりは一人ひとり実にさまざまです。そこが面白い点であると改めて感じました。また、多くの子供たちがとても楽しそうに文字絵を描いていたので、その点が何よりよかったと思います。

 1つの丸テーブルに設置した7個の作曲家の文字絵のスタンプを順に押してまわるという作曲家スタンブらりーも、単純ではありますが、大いに人気を集めました。

 真中の丸テーブルは、ちびっ子「演奏家コーナー」とでも呼ぶべき空間となりました。ベートーベンの「歓喜の歌」を含む8曲がインプットされ、実際に弓で弦をこすることによって音の出る大小のバイオリンと、本物そっくりでこれまた音の出るミニチュアのピアノには、スタンプラリーの場合と同様に、多くの子供たちに混じって大人の姿もちらほら見受けられました。

 それと、ウィーン古典派3人(ベートーベン、モーツァルト、ハイドン)の顔ハメパネルも大いに受けていたようでした。小さな子を連れた家族づればかりでなく、若い人たちが携帯で写している姿をよく見かけました。

 まとめますと、当初は顔ハメ-スタンプらりー-演奏家コーナーのラインでワークショップへの導入の機能を持たせようと考えておりましたが、ワークショップとは別に、その3つはそれぞれ単体として十分来場者に楽しんでいただけたということになるかと思います。

 ワークショップそのものはどうかと申しますと、作業時間が短時間(10〜15分程度)ですみ、負担感が少なく、その割に楽しめること、それがこのワークショップの長所と考えられます。ラ・フォル・ジュルネのような場で、次々と多人数に参加していただくことも可能であることがわかりました。参加者へのアンケートでも、難しかったという声も若干ありましたが、楽しかったという声が圧倒的でした。

 ただ、作曲家のつづりで似顔絵が描けると説明されてようやく意味を理解された方も多く、それがわかると多くの方が驚かれておりました。この点は説明にさらなる工夫が必要と思われました。

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 ちなみに、6月5日のNHKの「芸術劇場」では、ウィーン古典派3人の顔ハメパネルから子どもたちが顔をのぞかせている姿が放送されていました。ラ・フォル・ジュルネという祝祭の場だからこそ、あれだけ受けたとも言えそうです。
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2005年9月 5日 (月)

パーツ復元クイズ : シューベルト編

 今回は最初の4文字を示しておきました。

schubert090505

残りの4文字をうまく配置してみてください。
bは変音記号で、「ショパンの音符」と同様に、アトリビュート(に近いもの)と考えてください。最後のtは、ブルックナーの解答編でご説明した、ストロークの兼用の例です。
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角回活性化ジャンケンとレトリックと文字絵

 きのうの「発掘! あるある大事典II」を興味深く見た。会話をしているときに活発に働く6つの部位(それぞれ、観察、理解、想像、記憶、選択、発声を司る)と、それらの部位を活性化させる第七の機能を司る角回の話であった。
 相手に理解してもらえているかどうかに気を配らないと、会話をしていても脳はほとんど働いていないということになる。例えば、夫婦間で、相手のようすを顧みずに独りよがりに話してしまうときは、脳はほとんど働いていない。このように頭を働かせない状況が続くと、あまり良い結果を招かないことは当然予想できる。
 うまい具合に、6つの部位を刺激して、脳を活性化させ、相手とのコミュニケーションをスムーズにさせようとする部位が、左脳の頭頂葉の角回であるそうだ。角回は自分の言いたいことを相手にうまく伝えるために比喩やたとえを使うときに盛んに働くという。うれしいことに、その際に他の6つの部位を刺激して、適切な表現を生み出せるように働きかける。
 これが事実ならば、角回はまさにレトリック(より正確には、それに含まれる「ことばのあや」という技術)を司る脳部位ということになる。レトリックとは、古代ギリシャの昔から二千数百年にもわたって西洋でえんえんと続いてきた技術体系で、こちらの意向をあの手この手を使って相手にいかにうまく伝えるかを研究する学問分野であった。それには、多面的に相手のことを分析しなければならない。
 きのうの「あるある」では、会社を思い切って辞めようかと思っているという相談に対して、「案ずるより産むが易し」ということわざを引用することによって、説得力を持たせようとした例があげられていた。このことわざは、諷喩である。諷諭は、代表的な「ことばのあや」の一種である。レトリックを研究している人がこの番組を見たら、角回の機能に関するこの話はけっこう刺激的だと思ったことであろう(それとも、そんな話はとっくにご存知だろうか)。
 ここからが本題であるが、その角回を活性化させるには、「角回活性化ジャンケン」という簡単な方法があると番組中で紹介されていた。要点だけを述べると、これは自分の左手と右手でジャンケンをするというものである。その際、必ず左手から先に出し、その後にそれに必ず勝つように右手を出す。このようなジャンケンをゆっくりでいいから、間違いなく右手が勝つように10回繰り返す。これで角回が活性化するという。
 「あるある」の「角回活性化ジャンケン」を見て思った。もしかしたら、手描き文字絵も「ジャンケン」と同様に、「角回活性化」にかなりの威力を発揮するのではないかと。う〜ん、しかし、これはかなり強引な議論のようだ。説得力を持たせるためには、さらに詳しくいろいろと説明する必要がある。
 一つだけ述べておきたいのは、私がずっと文字絵を「ことばのあや」の最たるものではないかと考えてきたということである。レトリックには、ユーモアにより相手をいい気持ちにさせて、こちらのペースに巻き込むという考え方がある。いわば、こちらの味方につけてしまうのである。それはまさしく角回が試みようとしていることではないか。
 (最後に一言。私がレトリックに興味をもったのは、佐藤信夫先生の本を読んでからである。いつかこの先生の著作について触れてみたい。)
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2005年9月 4日 (日)

今日はブルックナーの誕生日です

 9月1日の「作曲家文字絵クイズ Part II」の答えは、Bruckner(ブルックナー)でした。ブルックナーは1824年9月4日に生まれたので、今日は生誕181周年の記念日ということになります。bruckner090405
 B、k、nはかなり変形されているので、わかりにくかったかもしれませんね。nの最初の縦棒は、Bの縦棒の左下の部分と兼用されているので、nのほうには現れていません。手書きの一筆をカリグラフィの用語でストロークと呼びますが、ここではBとnのストロークが兼用されているわけです。文字絵では、ストロークをしばしば兼用します。
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2005年9月 3日 (土)

手描き文字絵の可能性 : 文字絵研究所のめざすところ

 このブログでは、「文字の字画を活かして描いた手描きの線画」のことを文字絵と呼んでいます。広辞苑や大辞林などの国語辞典でも、文字絵は手描きの文字遊戯というように説明されています。その代表的な例が、「へのへのもへじ」や「ヘマムショ入道」です(「手描き」か「手書き」かについては、また別稿を書きます)。
 しかし、今では文字絵と聞くと、パソコンや携帯で使われる顔文字やアスキー・アートのことを思い浮かべる人が多いようです。さらに、これらを文字絵ではなく、絵文字と呼ぶ人のほうが多いかもしれません(ちなみに、文字絵研究所という名前は、よく絵文字研究所と間違えられます。さらに、フフッと含み笑いされたりします。「何を研究するのかしら?」)。
 このように、文字絵、あるいは絵文字と聞いても何を思い浮かべるかは人によってさまざまです。そこで、誤解が少なくなるように、このブログのタイトルには「文字絵」に「手描き」という修飾語を付けることにしました。「手描き文字絵」ということばは造語ですから、今のところ、一般に使われているわけではありません。
 ここでは、この「手描き」ということ点を強調したいと思います。筆跡が一人ひとり違うように、「へのへのもへじ」を描いてもみんな違う顔になる、個性が出てくる、ということがとてもおもしろいのです。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの作曲家文字絵ワークショップでも、同じ作曲家を描いても子供たちの絵は、かわいかったり、ベートーベンが火を噴いていたり、驚くほど多様でした(色を自由に使ってもらいました。ハガキ大の額縁シートに描かれた作品の一部を、下に示しました)。
 自分の個性が出て、描くたびに違う絵になる、それでみんなが楽しめる、文字絵には、そんな可能性があるのではないかと思います。久々に絵を描いたわ、という年配の方も、とても楽しそうでした。090305
 研究所は、新しい文字絵作品を創るとともに、おもしろい遊び方やゲームなどをご提案していきたいと思います。
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2005年9月 2日 (金)

Your Arms Too Short to Box With God {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 6}

 まず、タイトルについて。間違えて、Our Hands Too Short to Box With Godと記憶していた。今回、インターネットで検索してみてOur Hands......の形では1件もヒットしない。たぶんいつの頃からか、勘違いしてしまったらしい。なぜだろう?  それはともかく、このタイトルは、「神とボクシングするには腕が短すぎる」という意味である。
 本題に入る。このGospel musicalは、今までに見た舞台のなかでも特にすばらしかった。自分の属している文化(日本)とは明らかに違うものがそこで展開されていた。俳優の存在感がすごい。とりわけJesus Christ の精悍な男優が印象に残っている。この観劇は、タングルウッドでのトホホ体験に先んずること10日くらい、1976年夏のフィラデルフィアでのことであった。
 まず、歌って踊れるというのはこういうこと、という見本がそこにあった。どちらも半端ではない。若かったのでその時までにいろいろな舞台を見たというわけでもなかったが、その後もこれほどダイナミックなダンスは見ていない。
 そして、エンターテインメントと融合した信仰。世界のどこでもそのような形の信仰はめずらしくないだろうが、ゴスペルの場合は魂の叫びといった激しさがある。もともと奴隷から解放されることを願う黒人の間で始まったとされているから、切実な心が表現されるのは当然だろう。歌で、ダンスで、その心が表現される。Jesusに救いを求める気持ちが自然に観客の行動に現れる。それで、舞台の進行とともに観客は大いに盛り上がる。クライマックスでは総立ちである。もちろん私も立って手拍子を打ちまくった(けっこう乗りやすいのです)。
 観客は私を除いてすべて黒人だった。私はその中の誰一人として知らない。周りの人たちからは場違いな黄色人種がいるとみられていたかもしれない。そんなことは誰も気にしていなかったのかもしれない。いずれにせよ、私はその場の熱狂的な盛り上がりを楽しみ、劇場と一体となり、忘れがたい一夜を過ごしたのだった。
 話がそれたが、言いたかったのは、「自分が周りと違う」ことが一見してわかるという体験ができた点でもこの観劇は貴重だった、ということである。異質なものに触れることは自らを振り返るきっかけとなる。この日の経験からばかりではないが、アメリカをバスで横断する4週間ほどの旅の後、私は日本の文化に興味を持つようになった。
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2005年9月 1日 (木)

作曲家文字絵クイズ Part II

                                                        bruckner083105私は誰でしょう?  交響曲の作曲家として有名です。
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