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2005年9月13日 (火)

「銀の匙」とヘマムシ入道

 銀の匙さんのご来訪を受け、思うところあり、中勘助を初めて読んだ。きょうは「銀の匙」の前編を...。あすは後編を読む。
 グリークラブ時代に、「中勘助、中勘助」と、とても美声のベースの同級生が騒いでいた。それで、以前から中勘助の名前は知っており、「銀の匙」という名作のうわさも耳にしていた。いつか読まねば、とは思っていた。その長年の懸案に終止符を打つべく、本日急遽図書館に赴き、ちくま日本文学全集の「中勘助」を借りてきた。(ちなみに、彼が言っていたのは、多田武彦の男声合唱組曲「中勘助の詩から」のことです。)
 なつかしい感じ...。子供時代の思い出は、みな一人ひとり違うし、今と100年前とでは大変な相違があるとは思うけれど、それにもかかわらず、今の若い人が読んでも、この作品にどこからしらなつかしさを感ずるのではないだろうか。
 例えば、おか鬼、石蹴り、お手玉が出てくる。「ひいらいた、ひいらいた、なんのはなひらいた、れんげのはなひらいた......」というわらべ歌の場面もある。伯母に連れられて行った見世物小屋では、俵を運ぶ鼠の芸当が好きだったことが回想される。たわいもない細部と言ってしまうとそれだけなのだが、自分で経験していないにもかかわらず、何となくそうそう、そんなことがあった気がすると感じてしまう何かが、「銀の匙」にはある。この作品は、日本人に共通の幼年時代感覚とも言うべき何かを描くことに成功している。それが名作たる所以なのだろう。
 前編の最後に、私にとって特にうれしいくだりが見つかった。それは引っ越してしまったおけいちゃんが使っていた学校の机に「鉛筆で山水天狗ヘマムシ入道がいっぱい書いてあった」ことだった。
 中勘助がおけいちゃんの「ヘマムシ」を発見する約90年前には、ヘマムシ入道はヘマムショ入道の形で鍬形惠斎の近世職人尽絵巻(きんせいしょくにんづくしえまき、東京国立博物館)に描かれている。今から約200年前すでに寺子屋の落書きに描かれるほどポピュラーであった「ヘマムショ」、それを約110年後に中勘助の幼なじみが鉛筆で描き、現在自分がブログでそれを話題にしている。それなら、100年後にも誰かがこの輪を引き継いでくれることが期待できそうだ。
 注: 「
おけいちゃん」の「けい」は「鍬形惠斎」の惠に草冠を加えた字です。
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