Your Arms Too Short to Box With God {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 6}
まず、タイトルについて。間違えて、Our Hands Too Short to Box With Godと記憶していた。今回、インターネットで検索してみてOur Hands......の形では1件もヒットしない。たぶんいつの頃からか、勘違いしてしまったらしい。なぜだろう? それはともかく、このタイトルは、「神とボクシングするには腕が短すぎる」という意味である。
本題に入る。このGospel musicalは、今までに見た舞台のなかでも特にすばらしかった。自分の属している文化(日本)とは明らかに違うものがそこで展開されていた。俳優の存在感がすごい。とりわけJesus Christ の精悍な男優が印象に残っている。この観劇は、タングルウッドでのトホホ体験に先んずること10日くらい、1976年夏のフィラデルフィアでのことであった。
まず、歌って踊れるというのはこういうこと、という見本がそこにあった。どちらも半端ではない。若かったのでその時までにいろいろな舞台を見たというわけでもなかったが、その後もこれほどダイナミックなダンスは見ていない。
そして、エンターテインメントと融合した信仰。世界のどこでもそのような形の信仰はめずらしくないだろうが、ゴスペルの場合は魂の叫びといった激しさがある。もともと奴隷から解放されることを願う黒人の間で始まったとされているから、切実な心が表現されるのは当然だろう。歌で、ダンスで、その心が表現される。Jesusに救いを求める気持ちが自然に観客の行動に現れる。それで、舞台の進行とともに観客は大いに盛り上がる。クライマックスでは総立ちである。もちろん私も立って手拍子を打ちまくった(けっこう乗りやすいのです)。
観客は私を除いてすべて黒人だった。私はその中の誰一人として知らない。周りの人たちからは場違いな黄色人種がいるとみられていたかもしれない。そんなことは誰も気にしていなかったのかもしれない。いずれにせよ、私はその場の熱狂的な盛り上がりを楽しみ、劇場と一体となり、忘れがたい一夜を過ごしたのだった。
話がそれたが、言いたかったのは、「自分が周りと違う」ことが一見してわかるという体験ができた点でもこの観劇は貴重だった、ということである。異質なものに触れることは自らを振り返るきっかけとなる。この日の経験からばかりではないが、アメリカをバスで横断する4週間ほどの旅の後、私は日本の文化に興味を持つようになった。
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