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2005年10月31日 (月)

ウラモジタテハ--Eighty-eight Butterfly

 これから、折に触れて、「 A 」を「 B 」に見立てる、という仕組みで成り立っているものごとを紹介してみたいと思います。まず今日は、ウラモジタテハという蝶です。南北アメリカに多くの種類が分布しています。羽の裏側の模様が数字の88に見えるので、Eighty-eight Butterflyとも呼ばれています。89に見える種類もいます。
 今日のABは、「羽の模様」と「数字」でした。
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2005年10月30日 (日)

モーツァルトの横顔のリアル化

 昨日に引き続き、モーツァルトです。左のサイドバーのいちばん上にご紹介ずみの横顔を、少しリアル化しました。

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2005年10月29日 (土)

モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」初演される

 人と土地の関係をたまに考える。ある土地に生まれ、別な土地で成長し、また別な所で働いて、老いてゆく。今では日本でもそれが普通かもしれない。人の移動の激しいこの世界では、どれくらいの人が生まれた家で死ぬことができるのだろう。
 ところで、生まれてから死ぬまでいろいろな土地と関わる中で、誰にも相性が良い土地というものができてくるのかもしれない。モーツァルトにとってそれはプラハだったようである。
「フィガロの結婚」が大ヒットし、交響曲38番「ドン・ジョヴァンニ」が初演された街、プラハ。ここは、ウィーンとともに、ぜひ一度訪ねてみたいと思う。
 さて、ここで彼が指揮して初演された「ドン・ジョヴァンニ」(K.527)は、1787年の今日、10月29日に、プラハの
スタヴォフスケー劇場で初演された。それを記念して、今日は正面を向いたモーツァルトの顔をアップします。

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2005年10月28日 (金)

ヘンデルの顔とバッハの顔

 ヘンデルというと、まず恰幅のよさが思い浮かびます。二重あごに、重そうなカツラ。肖像画では、ボタンがきつそうで、パツパツしていますね。カツラはバッハのものより長く、肩までかかっています。
 ヘンデルの目は二重で大きく、まぶたが肉厚で、眉が太いのが特徴です。白目が目立ちます。これに対して、バッハも二重ではありますが、奥目がちで、白目があまり見えず、つぶらな瞳という感じです。ギリッとものを見据えたようなヘンデルのようすは、相撲の若貴兄弟でいうと貴に似ています。バッハはお兄ちゃん系かな。
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2005年10月27日 (木)

トライアル・リアル Händel (横顔)

 今日は、ヘンデルの横顔です。ウムラウトはとりました。  
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2005年10月26日 (水)

トライアル・リアル Händel (正面顔)

 試みに、ヘンデルをリアル化してみました。  
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2005年10月22日 (土)

第15回ショパンコンクール終わる

 1927年に第1回が開催され、第5回(1955年)以降は5年ごとに開催されているショパンコンクールが終わった。1975年第9回のクリスティアン・ツィンマーマン以来、30年ぶりにポーランドから優勝者が出た。ラファウ・ブレハッチである。1985年生まれの20歳とのこと。さて、1980年の第10回以降、6位以内に毎回日本人が入賞している。今回も第4位に関本昌平と山本貴志の2人が入賞した。
 5年に一度しか開かれないコンクールで上位入賞を果たすには、技術力もさることながら、よほどの精神力(そして、財力)も必要であろう。入賞を心から祝福し、今後の活躍を期待したい。また、選に漏れた参加者たちの前途に幸あらんことを祈る。
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2005年10月21日 (金)

笑い転げることをめぐって IV 「生まれてはみたけれど」

 笑い転げた3本目は、小津映画の名作「生まれてはみたけれど」である。これは無声映画で、たぶん初めて行った京橋のフィルムセンターでたまたま見たのだったと思う(弁士もついていたんじゃなかったかな。松田春翠さんだったと思う)。小津安二郎の名前さえろくに知らなかった頃のことで、やはり70年代の終わりくらいのことだったろうか。
 なんと言っても、突貫小僧が最高だった!    お兄ちゃんのまねをしたがる弟を、こんな子いるいるという感じで演じていた。その子供ぶりがとてもおかしかった。最後は二人の兄弟が世の中の仕組みを知ったりして、少ししみじみという感じで終わる。それはそれでよいのだが、笑い転げたという点からすると、「がんばれタブチ君!!」がやはり上だったかもしれない。   コメントをどうぞ

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2005年10月20日 (木)

笑い転げることをめぐって III 「がんばれタブチ君!!」

 子供のときに笑い転げたことが思い出せないと書いたが、物心ついてから、というよりも成人してから笑い転げたことは、少なくとも3回はある。そのうちの1回が茂山千五郎さんの「鎌腹」で、ほかの2回のうちの1回が、いしいひさいち原作の「がんばれタブチ君!!」(1979年)というアニメ映画であった。
 これはもう、衝撃的なおかしさだった。タブチ君がネモト監督やらヒロオカ監督やらヤスダ選手やらオカダ選手やらとからむわけだが、内容はほとんど忘れてしまっても、とてつもなくおかしかったという思いは強烈に残っている。
 どじなタブチ君は、どうしても憎めない(別に憎むつもりはまったくないのだが...。そう言えば、確か高校の修学旅行のとき、どこかの新幹線のホームで本物の田淵選手と間近に接したことがあった。そのときは、この人を肴にしたアニメで笑い転げるなどとは思ってもみなかった)。
 いしいひさいちの4コマ漫画はキャラクターやエピソードがとてもリアルに(ありそうに)描かれていて、ほとほと感心してしまう。
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2005年10月19日 (水)

笑い転げることをめぐって II "laughter yoga"

 しばらく前にテレビの「発掘!あるある大事典2」で見たが、laughter yogaなるものがオーストラリアではやっているそうな。このサイトのBenefitsのページの前文には、
 ...... laughter puts the members in a positive frame of mind and gradually makes them positive thinkers. (こもへじコメント:ふ〜ん、心構えが積極的になるのか...。)
 とあります。その他、見出しを拾ってみると、

Laughter is a Stress Buster
Laughter Strengthens the Immune System

Laughter is a Natural Pain Killer
Laughter Makes You Look Younger
Self Confidence Through Laughter
 などなど。
 ストレスをやっつけたり、免疫系を強めたり、若く見えるようになったり、いいことずくめのようですね。脳内アヘン様物質のエンドルフィンも分泌されると書いてあります。Laughter Therapyという言葉もつかわれていますね。笑うことによりヨガの腹式呼吸になるので、ぜんそくや気管支炎には特に効果があるようです。
 「笑う門には福来る」と言いますが、本当だろうと思います。(それにしても、最近笑ってないなあ。やっぱり、笑わなきゃだめかなあ。) コメントをどうぞ

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2005年10月18日 (火)

笑い転げることをめぐって I 子供のころの空白

 人は一生のうち、何回くらい笑い転げるのだろうか? もちろん、人によって違うだろう。何歳まで生きたかによっても違うし、性格によっても違う。でも、子供は誰だって笑い転げる。サンテグジュペリも言うように、みんな子供だったことはあるから、もう忘れているかもしれないが、私たちも笑い転げているはずである。
 ただ、子供のころ具体的にいつどこで何に対して笑い転げたかについて、私は今すぐには思い出せない(これは、何かを意味しているのだろうか?)。  コメントをどうぞ

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2005年10月17日 (月)

大蔵流十ニ世茂山千五郎の「鎌腹」{RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 16}

 私は狂言が好きで、狂言を見るために能楽堂に通っていたことがある。古文はなかなか読み進められないが、狂言の登場人物の言っていることはほとんど問題なく理解できる。そして、おもしろい。何百年も前の中世の庶民の気持ちが今の時代に生きている自分によくわかって思わず笑ってしまう、というのはけっこうすごいことだと思う。いずれにせよ、深読みせずに楽しく心から笑える時間がもてることは、貴重である。狂言もまた、日本が世界に誇るべき芸能の1つであることに間違いない(というより、これ以上笑える伝統演劇って、どこの国を探してもなかなかないのではないかな)。
 さて、本題に入りましょう。今まで、私がいちばん笑ってしまったのは、大蔵流十ニ世茂山千五郎の「鎌腹」であった。何の屈託もなく心から笑ってしまった。あんなに楽しく笑ったことは、今までの人生を振り返っても数回しかない。その数回中でも最も清々しかったのはこの時だった。それほど心地よさを感じたのは、屋外のさわやかな夜気に触れていたことにも大いに関係していた。芝の増上寺の薪能を見ていたのである。
 ところが、ここでちょっとしたミステリーが発生した。増上寺の薪能の歴史を見ても、千五郎さんの「鎌腹」が出ていないのである。う〜ん、としばらく考え込んでしまったが、説明の冒頭で、「昭和49年に大殿を復興し、......これを機に、能楽堂の歴史をもつ増上寺でたびたび薪能が演ぜられるようになった」とあるから、第1回の前に何回か、カウントされていない薪能が催されたのだろう。いろいろな状況を勘案してみると、私が増上寺で「鎌腹」を見たのは、昭和52年前後のころではないかと思われる。
 「鎌腹」というのは千五郎演じる怠け者の亭主に愛想を尽かした妻が、鎌で腹を切ると言う亭主の意気地のなさを最後には見抜いて、舞台の袖に亭主をわわしく追い立てて退場するというお話。登場のしかたからしてそうぞうしい狂言であったが、千五郎さんはとても楽しそうに演じていて、その楽しさがこちらに伝わって来た。最初から最後まで、笑いっぱなしに笑ってしまった。
 その後、千五郎さんは人間国宝となり、四世茂山千作を襲名して今でもご活躍中のようである。
 追記: ちなみに、その日演じられた能は「葵の上」でした。     コメントをどうぞ

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2005年10月16日 (日)

俳優座の「ジュリアスシーザー」{RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 15}

 1977年1月に、東横劇場で俳優座の「ジュリアスシーザー」を見た。訳は小田島雄志。タイトルロールは川原崎次郎。「ジュリアスシーザー」とは言うものの、実際に目立ったのはアントニーとブルータスである。仲代達矢がアントニー、加藤剛がブルータスを演じていた。
 この劇はもともと、この二人の対立が目立つようにできている。第三幕の二人の演説にそれが端的に示されている。シーザーにとどめを刺したブルータスが最初に、その次にアントニーが追悼演説をする。ブルータスの言うことだけを聞くとローマ市民もシーザーには殺される理由があったと思うのだが、そのすぐ後にはアントニーに扇動され、ブルータスをはじめとする暗殺者らを血祭りに上げようとする。
 アントニーの演説の前後の市民の心の変わりようはすごい。人は何と他人の影響を受けやすいことだろう。大勢の意見になびくのは、まさしく群集心理である(当然、観衆もローマ市民と同じ心情を抱くことになるかもしれない。しかし、そこが微妙なところで、加藤剛は二枚目であるので、なぜか善人にみえてしまったりした。そもそも、ブルータスは高潔の士なのだろうか?)。
 その後、ブルータス・キャシアスらの元老院派とアントニウス・オクタヴィアヌス連合軍の闘いはアントニウス側の勝利に終わる。そこに至るまでの、ブルータスとその妻の会話が、しみじみとした愁嘆場に聞こえてしまったりする。 
 スターの共演ということもあり、当時は話題となった公演であった。後年外国での上演を見た時に比べると全体にテンポが遅い感じがして、せりふ回しが日本調になってしまうところは確かにあったと思うが、Et tu,  Brute! で有名なこの劇は初見で,迫力もあっておもしろかった(特に,二陣営の対立が)。  コメントをどうぞ

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2005年10月15日 (土)

リアル大 Bach (正面顔)の文字線

 傾けてみると、3字目と4字目のbとaは、意外なことに、ほとんど同じ形です。

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2005年10月14日 (金)

リアル大 Bach (正面顔)

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能面のような Bach から...
こうなります。コメントをどうぞ

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2005年10月13日 (木)

カスパール・ダヴィット・フリードリヒの「孤独な木」{RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 14}

 ドイツロマン派というと音楽の分野を連想するが、絵画も並ではない。
 ここに、1枚の絵はがきがある。1985年に東京国立近代美術館の「19世紀ドイツ絵画名作展」で買った、カスパール・ダヴィット・フリードリヒ(1774〜1840)の「孤独な木」、別名「朝陽のあたる村」である。とても美しい絵だった。フリードリヒはドイツロマン派を代表する画家である。
 今年の「ベルリンの至宝」展にも出展されるということは知っていた。しかし、一度見た印象を二返目に打壊わすのは惜しいと思い、見に行かなかった。「孤独な木」の鑑賞は一度に限ると思う。
 などと書いてしまったが、実はあまりにもフリードリヒの絵に惹かれたので、「19世紀ドイツ絵画名作展」には確か3回通った気がする。今回「ベルリンの至宝」展ではフリードリヒの絵は3枚とのことだが、85年の時は「山上の十字架」や「希望号の難破」も来ており、数はもっと多かった。 
 中でも「孤独な木」がすごいと思ったのは、羊飼いが巨木に背をもたせかけている傍らで羊たちが草を食む一見のどかな風景に、ただならぬ気配が感じられたからである。ただ、それは精神に変調を来す前に陥るという世界没落感というようなものではないだろうし(それと紙一重かもしれないが)、目に見える世界の背後にある彼岸という感じに近いが、それともやはりちょっと違うと思う。
 怖いけれど、生き生きしていて美しい......。ポイントは、自己の内面を通して見た風景や自然ということだろうか(そこには、難破のような破滅的な要素も含まれる)。フリードリヒは、自分の内面を見つめることによって初めて見えてくる世界を描いた画家だった。うまく自己に沈潜すると、自然も人生も神秘的な輝きを帯びてくるのだろうか。

 

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2005年10月12日 (水)

能面のような Bach から...

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これに、Sebastian というつづりをプラスすると、バッハの正面顔が描けます。この前の横顔と対になります。さあ、どんな顔になるでしょうか?  二、三日中にアップします。どうぞ、お楽しみに。

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2005年10月11日 (火)

オルガンを弾くブルックナー


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天国でも弾いてますか?
 
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1974年11月23日のベルリオーズ、アイヴス、ブルックナー {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 13}

 今日はブルックナーの命日。誕生日や命日に偲んだりするのだから、私にとってブルックナーはやはり特別な作曲家なのだと思う。
 
ブルックナーの曲に初めて接したのは、東京文化会館での東京理科大学管弦楽団の第15回定期演奏会のときだった。東京へ出てきて最初の年の晩秋の祝日に、特にあてもなく上野へ出てみたら、この演奏会に行き当たったのだった。東京文化会館へ入ったのも、生のオケを聴いたのもこの日が初めてだった。
 1階の客席に入ったとき、ちょうど
ラコッツィ行進曲が始まったところだった。2曲目は、アイヴズの交響曲第1番の日本初演(日本初演に居合わせ、ラッキーだった)。そして、インターミッションを挟んで、ブルックナーの交響曲第7番。
 
およそコンサート会場に入ったことは文化会館の前にはほとんどなく、会場はすべて自由席だったものだから、1階から5階まであちこち経巡って、子供のようにはしゃいでいた。それで、ブルックナーの交響曲第7番のときは、うとうとしながら4階あたりの正面席で聴いていたと思う。
 そのとき,そのままうとうととしたままだったら、私のクラシック音楽鑑賞歴は違ったコースをたどっていたかもしれない(ちょっと、おおげさかな(笑))。
ところが、第3楽章スケルツォで執拗に繰り返されるおおどかなトランペットの音にはたと目を覚まされ、「おお、これは!」と思ったのが、ブルックナーに心酔することになるきっかけだった。
 その後FMで、3番、1番、2番と聴いて、特にスケルツォ楽章に強く惹かれた(年齢によって、急速な楽章を好んだり、緩徐楽章にはまったりということがあるのかもしれない)。その後しばらくは、自分にとって最高の作曲家は、誰が何と言おうとブルックナー、という状態が続いたのだった。いわば、ブルックナー熱だったわけである。
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 ご参考までに,東京理科大学管弦楽団のホームページから、演奏会のデータを下に引用しておきます。
東京理科大学管弦楽団第15回定期演奏会
日時 1974. 11. 23 
会場 東京文化会館
指揮 村川 千秋 / 久志本 涼

曲目 ベルリオーズ / ラコッツィ行進曲
  
アイヴズ / 交響曲 第1番 (日本初演)
   ブルックナー / 交響曲 第7番


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2005年10月10日 (月)

リアル大Bach (横顔)

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パーツ復元クイズ :バッハ編 の答えです。

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2005年10月 9日 (日)

バッハのマタイ受難曲を歌わなかったことの解釈

 思うに、結果として歌わなかったということは、それだけ強く歌いたいという気持ちがなかったということなのかもしれない。
 あるいは、他にもっと興味を引かれる対象があったということかもしれない(そんなものがあったのかどうか、あったとすればそれは何だったのか?  我が事ながら、そのときどきの詳しい事情は、月日の経過とともにおぼろになってくる)。
 いずれにせよ、たぶん複数の因子の相互作用の結果として私は歌わなかった。それが生きられなかった自分史のささやかな一部ということになるのだろう(う〜ん、我ながら、たいしたことではないことを、ここまでこねくりまわして複雑に小難しく考える癖は相変わらずだなあ)。
 さて、機会があったら、またいつか、心して「マタイ受難曲」を聴きに行こう! 幸いなことに、バッハ先生は、文字絵を通じて、昔より確かに私の身近にいる。

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2005年10月 8日 (土)

バッハのマタイ受難曲を歌わなかったこと

 時機を逃すと、いつかやろうと思っていたことをやらないままにしてまうことがある。根拠もなくいつかはできるだろうと思っていたことが、環境が変わり、自分の気持ちも変わり、いつの間にか関心の焦点でなくなってしまう。しかし、かなりたってから振り返ると、惜しいことをしたと思う。何かのきっかけがあれば、もうちょっとでできたはずなのに。
 私にとって、「マタイ受難曲」を歌うこと(もちろん、合唱団のベースの一員として)は、そんなことの1つだった。ヘルムート・リリングが来日してこの曲を指揮したときに聴きに行った。思えば、あのころがこの曲に最も気持ちが向かっていた時期だったのだろう。

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2005年10月 7日 (金)

着色筆順によるパーツ復元クイズ :バッハ編

 着色筆順は、文字と文字絵に描かれた文字線との対応を示す方法の1つです。つづり字の文字ごとに色を変え、そのつづり字と同じ色の文字線を文字絵のなかに見つけることにより,文字絵の筆順を知ることができます。すなわち、1字ごとに色分けされたつづりと、描かれた線画とを比較すれば、線画のどの部分にどの文字(文字線)が使われているかがわかります。原則として、つづり字の順に描いていけば、文字絵ができ上がるわけです(実際には、例えば,Mozart の場合のように、描き順を変えたほうが描きやすい場合もけっこう多いのですが)。
 パーツ復元クイズ : ヘンデル編マーラー編シューベルト編などで、着色筆順の例をご覧いただいた方もおられると思います。
 今日は、Sebastian Bach に挑戦してみてください。といっても、この13文字をすべて絵にするというのは難しいでしょう。そこで、BacHの4文字でバッハの右向きの横顔を復元してみてください。縮尺は文字ごとに変えてありますので,ご注意ください。  コメントをどうぞ

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2005年10月 6日 (木)

みんなで描いた Beethoven

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2005年10月 5日 (水)

正面顔の Beethoven のパーツ

 きのうのBeethoven のパーツを示しておきます。目は左が o 、右が e で、いずれも横になっています。瞳はうすく塗りました。文字線以外の補筆はなるべくしないようにしていますが、Beethoven の場合は瞳を塗りつぶしたほうが表情が生きます。    コメントをどうぞ

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2005年10月 4日 (火)

正面顔のベートーベン

 第九の練習にも力が入る季節になりました。そこで今日は、Beethoven の正面顔(リアルバージョン)をアップいたします。 
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2005年10月 3日 (月)

瞳のベートーベン

 Beethoven の ovを、音符ではなく瞳と眉毛に見立てるバリアント(変異形)をご紹介します。  コメントをどうぞ

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2005年10月 2日 (日)

「ほんの ちょっと クラシック気分」にリンクを張らせていただきました

 きのう、ぶるうらぐうんさんの運営されている「ほんの ちょっと クラシック気分」というサイトを見つけました。♪クラシックの部屋♪映画とクラシック音楽♪クラシック情報掲示板♪お喋り掲示板、そのほか、メニューは多彩です。とりわけ、「クラシックへの扉」の中の「クラシックという音楽」という文章を読んで、共感いたしました。自分もそんなふうにしてFM放送でクラシック音楽を聴き始めたからです。少し長くなりますが、その一部を引用させていただきます。

「クラシック音楽」に入り込むには、まず1曲! 何でもいいです。映画で、テレビのCMで、耳にした楽曲、誰もが知っている「ベートーヴェンの交響曲第五番「運命」」でもかまいません。とりあえずCDを1枚買って何回も何回も繰り返し聴く!
私もそうでした。ショパンなどのピアノ独奏曲などはイージーリスニング的に聴けて、わりと馴染みやすかったのですが、「交響曲」となるとそういはいきません。まず、「さー聴くぞ!」と心構えが必要になります。それ程奥が深い音楽なのです。
4、5回目ぐらいからなんとな〜く、ぼんやりと全体像が見え始め、少しずつ少しずつ、その曲が持つ特徴といいますか、旋律、音楽の流れ、それぞれの楽器の重なりが記憶として頭に残り始めます。それからなのです! それからやっとその楽曲を楽しむ事ができるのです。

 私の場合は、NHK FM や FM 東京のクラシック番組をカセットテープに録音して繰り返し聴いていました。大学に入学する前は、特にクラシック音楽に興味をもっていたわけではなかったのですが、ひょんなことからグリークラブに入ることになり、先輩からクラシック音楽を聴くことを勧められました。
 最初のころに聴いたのは、「未完成」と「ジュピター」とチャイコフスキーの交響曲第5番
ベートーヴェンのロマンス(ト長調とヘ長調)などでした。気に入った旋律を何度も巻き戻して聴き返しました(今は昔、CDもないころの話です)。
 何よりも、クラシック音楽を「
もっと気楽に親しんでみませんか?」というぶるうらぐうんさんのメッセージがサイト全体から感じられます。それは、私が日頃感じていることと近いと思いました。そこで相互リンクをお願いしましたところ、快くお引き受けいただきました。そんなわけで、きょう「ほんの ちょっと クラシック気分」のサイトにリンクを張らせていただきました。クラシック音楽を大切にしたいという気持ちが伝わってくる素敵なサイトです。ぜひ一度訪ねてみてください。
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2005年10月 1日 (土)

ゲオルク・ショルティ/シカゴ交響楽団のマーラー {RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 12}

 1986年3月26日に、東京文化会館で、ゲオルク・ショルティとシカゴ交響楽団の演奏によるマーラーの交響曲第5番を聴いた。ショルティとシカゴ交響楽団の2度目の来日ツアーの初日で、モーツァルトの交響曲第35番に続く2曲めであった。
  トランペットのファンファーレから始まるこの曲では,金管の輝かしい響きが圧倒的で,評判通りのすごい迫力だった。弦の音も管に見合ってよく響いていた。全5楽章を通じて、輝かしいマーラーだった。まるで、CDの音響をなぞるかのように...。
 マーラーの交響曲第5番といえば、ヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」(1971年)で使われた第4楽章のアダージェットが有名である(この映画を見たが、いいとは思えなかった。多くの人がこの映画に結びつけてマーラーのアダージェットを連想するようになってしまったのは残念だ)。sehr langsam(非常に遅く)という指示のある弦楽器とハープのみによるこの楽章は、一昔前にリリースされた「アダージョ・カラヤン」の最初に入っていたこともあって、今ではマーラーの最もポヒュラーな音楽となったようだ。しばしば聴かれるようになったという意味で、これはマーラーにとってよいことではあったのだろう。
 当然のことながら、ショルティ/シカゴ交響楽団の交響曲第5番は、全楽章がショルティの個性に満ち満ちていた。アダージェットも力強かった。こういう演奏もいいと思うが、陰翳のあるマーラーも私は聴きたい。今は、いろいろなマーラーがあってよいと思っている(マーラー本人はそれでは気に入らないのかもしれないが)。

 追記: このコンサートでは奮発してS席を買った。1万8000円だったと記憶している。発売開始からけっこう時間がたっていたのだが、1階の左右中央、ショルティの真後ろという最高の席をうまくとることができた(会場は満席に近かったと思う)。ショルティの指揮ぶりがよく見えた。そういういい席にいたから気づいたわけでもないだろうが、彼は指揮をしながらしばしば頭をなでていた。癖と言っていいのだろうか。おかしなことを覚えているものだ。 コメントをどうぞ

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