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2005年10月13日 (木)

カスパール・ダヴィット・フリードリヒの「孤独な木」{RETROSPECTIVE COMMOHEDGE 14}

 ドイツロマン派というと音楽の分野を連想するが、絵画も並ではない。
 ここに、1枚の絵はがきがある。1985年に東京国立近代美術館の「19世紀ドイツ絵画名作展」で買った、カスパール・ダヴィット・フリードリヒ(1774〜1840)の「孤独な木」、別名「朝陽のあたる村」である。とても美しい絵だった。フリードリヒはドイツロマン派を代表する画家である。
 今年の「ベルリンの至宝」展にも出展されるということは知っていた。しかし、一度見た印象を二返目に打壊わすのは惜しいと思い、見に行かなかった。「孤独な木」の鑑賞は一度に限ると思う。
 などと書いてしまったが、実はあまりにもフリードリヒの絵に惹かれたので、「19世紀ドイツ絵画名作展」には確か3回通った気がする。今回「ベルリンの至宝」展ではフリードリヒの絵は3枚とのことだが、85年の時は「山上の十字架」や「希望号の難破」も来ており、数はもっと多かった。 
 中でも「孤独な木」がすごいと思ったのは、羊飼いが巨木に背をもたせかけている傍らで羊たちが草を食む一見のどかな風景に、ただならぬ気配が感じられたからである。ただ、それは精神に変調を来す前に陥るという世界没落感というようなものではないだろうし(それと紙一重かもしれないが)、目に見える世界の背後にある彼岸という感じに近いが、それともやはりちょっと違うと思う。
 怖いけれど、生き生きしていて美しい......。ポイントは、自己の内面を通して見た風景や自然ということだろうか(そこには、難破のような破滅的な要素も含まれる)。フリードリヒは、自分の内面を見つめることによって初めて見えてくる世界を描いた画家だった。うまく自己に沈潜すると、自然も人生も神秘的な輝きを帯びてくるのだろうか。

 

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