アハ・センテンスとアイリッシュ・ブル
「きょう欠席している人は挙手してください」のように、文法的には正しいが論理的にはおかしい文を「アイリッシュ・ブル」(Irish bull)という。単に、ブルともいう。
★「彼は子供が生まれない家系の出身だ。」(いないはずの彼は誰?)
他にもある(以下の2つは『ことばのおもしろ博学』1984年、永岡書店より)。
★「同時に二カ所にはおれませんよ、鳥じゃないんだから」
(アリバイがあると言いたい犯人。しかし、鳥だって同時に二カ所にはいられない)
★ロンドン郊外の墓碑銘
「ジョン・スミスの亡骸ここに眠る
彼 海に出て遭難し 帰ることなかりき」(すると、ここにあるのは誰の骨?)
さらに、Wikipedia の例では、
★"Always go to other people's funerals, otherwise they won't come to yours." - Yogi Berra, baseball player (1925- )
「葬式には顔出しときな、じゃないとお前ん時にゃ誰も来てくんないぜ。」
ブルとは、要するに以上のように矛盾したとんちんかんな言い草である。無手勝流というか、とても勝手な言い分ながら、ブルには妙に説得力があったりする。言っている本人が自分の発言にまったく疑問を感じていないから、その勢いにつられてしまったり、ペースにはまってしまうということだろう。ブルを笑い飛ばすには、どこから飛んでくるかわからないボールを、さっとかわすフットワーク(もちろん、メンタルな意味での)が必要かもしれない。
さて、ここからが「アハ・センテンス」(Aha sentence)の話となる。初めてアハ・センテンスというのを聞いたとき、アイリッシュ・ブルを連想した。ともに内容が矛盾しているように思える点で似ているように感じたのだと思う。しかし、上で説明した通り、アイリッシュ・ブルは本当に矛盾しているが、それに対してアハ・センテンスは、キーワードを与えられるとコンテクストが一気に理解できて、矛盾が解消し、腑に落ちる。そうして一瞬で答えがわかるときにひらめきが生まれ、脳が活性化するという。それはそれでいい。アハ・センテンスは確かに面白い。しかし、矛盾していそうな文章でもキーワードを考えることによって矛盾が解消します、だから答えを考えてくださいね、というように、型にはまったというか、ルールが決まっていて堅苦しいというか、そういうところがちょっと…、と感じないこともない。
繰り返すけれど、アハ・センテンスは面白いと思う。だけどアイリッシュ・ブルだって面白いよ、ということを言いたかったのだ、たぶん私は。要するに、アハ・センテンスが注目を集めているから、アイリッシュ・ブルを判官びいきしているっていうことかもしれない。ブルは「むちゃくちゃでんがな」と馬鹿にできるところがいい。ただ、それは、ブルの矛盾がわかった場合のことである。実は、あまりおおっぴらには言えないのだが、私は自分が例えば4つあるブルのうちの3つくらいはわからない人間じゃないだろうか、と秘かに不安を感じていたりする。もしそうなら、私自体がアイリッシュ・ブル的頭脳構造をもつ存在かもしれない。そのくせ、面白いアイリッシュ・ブルの一つさえ吐くことができない。おお、何たる不条理な存在だろう私は! (「おい、お前、ブルってるな」なんて言わないでね!)
おやじギャグで締めるのはさすがに気が引ける。で、最後にまじめな(?)お勧めであるが、面白い上等なブルを一つでも二つでも考えてみませんか。けっこう難しいですよ^^;)。
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