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2007年12月30日 (日)

お知らせ: 東フィルのニューイヤーコンサート2008のプログラムで文字絵が紹介されます

来年、1月2日・3日の渋谷Bunkamuraオーチャードホールでの東京フィルハーモニー交響楽団ニューイヤーコンサート2008のプログラムに、ワーグナー、プッチーニ、ウェーバーなど、9人の作曲家文字絵を載せていただくことになりました。

東京フィルハーモニー交響楽団ニューイヤーコンサート2008
 —どこかで出会った、あのメロディ—

1/2(水)・1/3(木)15:00
Bunkamuraオーチャードホール

指揮:金 聖響
ヴァイオリン:古澤 巌
ナビゲーター:朝岡 聡

ワーグナー
歌劇「ローエングリン」“第3幕への前奏曲”
プッチーニ
歌劇「トゥーランドット」“誰も寝てはならぬ”
ウェーバー
舞踏への勧誘
ハチャトゥリアン
組曲「ガイーヌ」“剣の舞”
ファリャ
組曲「恋は魔術師」“火祭りの踊り”
外山雄三
管弦楽のためのラプソディ
モンティ
チャルダッシュ
サラサーテ
ツィゴイネルワイゼン
ラヴェル
ボレロ

指揮者の金聖響さんは12月の中旬に腰痛で体調を崩されたとのことですが、オフィシャルブログによると完治されたとのことですので、予定どおり指揮台にさっそうと登場されることと思います。

楽曲解説は山尾好奇堂の山尾敦史さんの手になるもので、新春にふさわしく、華やかなトピックに満ちたものとなっています(ベニスのゴンドラに身をまかせて、たゆたう気分…)。

今回のプログラムに掲載される文字絵は、ワーグナー、プッチーニ、ウェーバー、ハチャトゥリアン、ファリャ、モンティ、ベートーベン、サラサーテ、ラヴェルです(ファリャ、ベートーベン、ラヴェル以外は新作あるいは未発表)。

文字絵研究所では、1月2日・3日のニューイヤーコンサートにあわせて、新作/未発表の作曲家文字絵を3点ずつこのブログにアップする予定です。どうぞ、1月2日・3日の「10億人が楽しめる手描き文字絵」にご注目ください。

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2007年12月24日 (月)

文字絵のトリビア(1): 夢二の「へへののもへろ」

「博士かな昔へへののもへ哉」

 これは、100年前の明治40年(1907年)に竹久夢二が平民新聞に発表した俳句とのことです(『夢二句集』p.62、p.329)。
 この句の「へへののもへ」を読んで、おやっ? と思いました。まず、『へへののもへじ百面相』で紹介されている「へのへのもへ」は知っていましたが、「へへののもへ」は初めて知りました。それは置いておいても、(イ)なぜ「へのへのもへ」ではなく「へへののもへ」なのだろうか、(ロ)なぜ「へへののもへ」ではないのかなと首をひねりました。以下で、どうしてそういう疑問をもったのかをご説明しましょう。
 夢二は2年後の明治42年に初の著書『夢二画集 春の巻』(初版)を出版しています。そこには、

「故郷(ふるさと)に帰ればへへののもへかな」

という句が出てきます。この句の存在を知った時に初めて、なぜ「へのへの」でなく「へへのの」なのかという疑問を抱きました。というのは、『へへののもへじ百面相』という本で、七文字によるこの種の顔の戯画は、江戸文化型(東日本の基本型)の「へへののもへ」と 京文化型(西日本の基本型)の「へのへのもへ」に2大別できる、ということを読んだことがあったからです。これからすると、夢二は岡山県出身なので、「へのへの文化圏(京文化型)」に属するはずです。だから、「へへののもへ」の部分に違和感を感じたのでした。
 さらに調べていたら、文頭に掲げた『夢二句集』に「博士かな昔へへののもへ哉」という句があるのを昨日知りました。それで、明治40年に「もへ」で明治42年に「もへ」……? なぜ変えたんだろう、と(ロ)の疑問を抱くことになったわけです。
 この2つの疑問に対する答えは今のところわかりません。憶測ではありますが、(イ)に関しては、(特に最初の本である『夢二画集 春の巻』を出す際の「へへののもへ」に関しては)東京で受けるように慎重を期して「へへのの」という関東で一般的な表現をえらんだということではないでしょうか。
 もし上の(イ)に関する憶測が正しいとすれば、(ロ)の「へへののもへ」は夢二が臨時に作った言葉である可能性があるかもしれません。そう考えられないこともないような気がするのは、夢二郷土美術館ブログでも紹介されている

茂次郎橋 由来
 花のお江戸ぢゃ 夢二と呼ばれ
 郷里へかへれば へのへの茂次郎
              夢二つくる
              芳水しるす

という夢二の残した戯れ歌が残っているからです(茂次郎[もじろう]は夢二の本名です)。ここでは「へへのの」ではなく「へのへの」になっています。そしてここの「へのへの」は「へのへの文化圏(京文化型)」に属する岡山の地にしっくりなじむようです。その証拠に、夢二が暮していた当時はなく、後世になって架けられたという茂次郎橋の柱にはしっかり「へのへのもへ」と刻まれているように見受けられます。つまり、橋を架けたこの土地の方々にとって七字の戯画の普通の呼び方は「へのへのもへ」ではないかと推測されるわけです。

         ……  ……  ……  ……  ……  ……  ……  

 これから、「文字絵のトリビア」と題して、文字絵について気がついたこと、わかったことを筆のおもむくままに書いてみたいと思います。なるべくどこにも発表されていないような目新しいことを掘り起こしますので、どうぞお楽しみに。

         ……  ……  ……  ……  ……  ……  ……  

 今日はクリスマスイブです。夢二には「クリスマスの贈物」という童話があるのを最近知りました。この物語の主人公のみっちゃんはいくらたくさん贈物があっても喜ばせることができない子のようですが、こもへじは違います! 最近、ささやかなことに幸せを感じるようになったような気がします。願わくば来年の今日まで「文字絵のトリビア」のネタが尽きませんように!! サンタさん、こもへじにネタと気力と愛の手を…。(それと、できましたら仕事を少々…。)
では、では、皆様、おやすみなさい。

文献
・『へへののもへじ百面相』、田村市太郎著、自由現代社、昭和五十八年
・『夢二句集』、木暮享編、筑摩書房、平成六年
・『へのへの夢二』、久世光彦著、筑摩書房、二○○四年 (p.58、p.228)

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2007年12月 1日 (土)

お知らせ:ヤマハ銀座店様と山野楽器銀座本店様に納品してきました

 いよいよ師走になりました。数日前から聴こえていたジングルベルのメロディーも何となく違和感がなくなった感じですね。

 さわやかに晴れた今日、先日紹介した肖像シールと文字絵シールをヤマハ銀座店様(2F)に、そして、シールに加えて国民楽派のバッグ(ブラックL)山野楽器銀座本店様(3F)に納品してまいりました。このバッグは5月のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでルネ・マルタン氏に謹呈いたしましたが、この9月から山野楽器様においていただいております。売り場の方にお聞きした話では、9月に納品した5個がすでに売り切れて、今日は何と2人の方から、あのバッグはないんですかと尋ねられたとのことでした。今日バッグを買いに来ていただいた方にお詫び申し上げます。速やかに追加納品せず、たいへん失礼いたしました。

 ということで、上記の品々はクリスマスシーズンや年末・年始のちょっとしたプレゼントやご贈答品に最適かと思いますので、銀座に出かけの際は、どうぞお手に取ってご覧下さい。

 上記の文字絵グッズの写真はすでにご紹介ずみですので、今日はラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで販売したもう1種類の古典派中心のMサイズのバッグのデザインをご紹介します(こちらは音楽祭の期間中に売り切れてしまい、残念ながら手元に在庫が残っておりません)。文字絵研究所では、これからも新しいデザインのバッグを制作したいと思いますので、どうぞ、ご期待ください。

120107

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