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2008年1月31日 (木)

ハッピバースデイ、シューベルト! 誕生日、おめでとう。

 Happy birthday, Schubert!  誕生日、おめでとう!  今日でシューペルト生誕211周年です(ちょっと半端ですが ... ^_^;) 。それを記念してシューベルトの新作のリアル文字絵をアップいたしました。

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 今年は東京と同時期にラ・フォル・ジュルネ金沢が開催されますね。

 東京のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのテーマは「シューベルトとウィーン」です。
 では、みなさん、ゴールデンウィークには東京と金沢で大いに盛り上がりましょう!!

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2008年1月27日 (日)

文字絵のトリビア(3): ヘマムショのことは寺田無禅に聞け!

 文字絵のなかでは、ヘマムショ入道は、へのへのもへじの次くらいに知られているのではないでしょうか。このブログでも、ヘマムショのことは何度か取り上げてきました。
 その「ヘマムショ入道」がこの1月に、ユニクロからTシャツとして発売されました。「広辞苑」第6版の刊行を記念して、その挿絵のなかから10点を選んでTシャツが制作されたのです。
 私がヘマムショ入道を知ったのは広辞苑の以前の版に出ていたのを見たからで、それは中学か高校のころだったと思います。そのときに、「文字絵はへのへのもへじだけじゃないんだ」と感心したことを覚えています。
 文字絵というジャンルを初めて意識したのがそのときでした。その後、ジャンルとして成り立つなら新しいものも作れるのではないかと考え、それが文字絵研究所を立ち上げることにつながりました。
 そういう意味で、ヘマムショ入道は文字絵研究所にとって忘れられない作品です。今日は、そのヘマムショ入道について重要な証言を残している寺田無禅についてとりあげます。
 まず、その証言とは、

 青蓮院殿にヘマムショ入道の四百年以前の物あり。その筆者不知惜哉。
                        寺田無禅話

 というものです。これは黒川道祐の「遠碧軒記」という随筆の最後に載っています。青蓮院は由緒のある京都のお寺です。そこに四百年以上前のヘマムショ入道の絵があるが、作者が誰かわからないのは惜しいことだ、という意味に解釈されます。(現在、ヘマムショ入道の絵は所在不明なようです。)
 「遠碧軒記」のこの記事は、江戸時代からいろいろなところに引用されているのですが、なぜか最後の「寺田無禅話」という肝心の記述に言及した文献がないようなのです。少なくとも私は今まで見たことがありません。
 それで、これは黒川道祐が「ヘマムショ入道の四百年以前の物」を自分で見たことがあるということだと思っていたのですが、そうではなく、たぶん寺田無禅にそういう話を聞いたことがあるということなのだと思われます。
 この「寺田無禅話」の記述の忘却、あるいは無視は江戸時代から始まっていて、例えば、喜多村信節の「嬉遊笑覧」、山崎美成の「三養雑記」では「遠碧軒記」のヘマムショ入道については言及されているのに、それが「寺田無禅話」であることは書かれていません。
 ヘマムショ入道については「嬉遊笑覧」の記述が参照されることが多いために、今では「寺田無禅話」ということは忘れられているようです。「寺田無禅話」であることは、去年「遠碧軒記」を直接確認してみてわかったことです。資料は自分で原典に当たるのが一番だということを改めて感じました。
 さて、その寺田無禅(1579あるいは1572〜1691)ですが、この人は近衛家家臣の侍で、書家です。京都国立博物館に消息(手紙)が収蔵されています。元禄4年(1691)に112歳か119歳で亡くなったとのことです。
 この前の記事で近衛信尹のことを書きましたが、山科道安の「槐記」(巻一)によると、寺田無禅は近衛信尹の次の信尋の代から基熙の代まで仕えました。山科道安は基熙の子の家熙(予楽院)の侍医で、茶道や華道に関する家熙の行状や談話を「槐記」としてまとめました。
 この「槐記」の何カ所かに寺田無禅が登場します。茶道や華道にも一家言あった人のようです(「槐記」巻六の金森宗和の八角の蓋の挿話など)。
 このところ、小野お通近衛信尹、寺田無禅とたどってきましたが、安土桃山から江戸にかけての時代に、何か新しい文字絵の資料の発見の手がかりがあるのではないかと思っています。

追記 : 近衛前久、信尹、家熙など、近衛家代々の書画は、今、東京国立博物館の陽明文庫創立70周年記念特別展「宮廷のみやび—近衞家1000年の名宝」で展示されています。

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 最後に、お知らせです。今日はモーツァルトの誕生日、そして1月31日はシューベルトの誕生日。31日にはシューベルトの新作のリアル文字絵をアップいたしますので、どうぞお楽しみに。

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2008年1月21日 (月)

「歴史のミステリー」: 変わりゆきすぎる   歴史認識 

聖徳太子は本当に存在したのか?
・ジャンヌ・ダルクは本当に存在したのか?

 例えば上のように聞かれたら、あなたなら何と答えますか? 学校の歴史で教わったから、いたんじゃないのというのが大方のご意見でしょう。しかし、実はそういう人はいなかったんだよ、という信じられないような説をいろいろと紹介しようとするのが、1月15日に100冊シリーズで発行が開始された「週間 歴史のミステリー」です(デアゴスティーニ・ジャパン刊)。
 ……と、ほとんど出版物の宣伝のような文章になってしまいましたが、う〜ん、やはりこういうものが出たか、というのが正直な感想です。何年か前にWebを検索していて、聖徳太子はいなかったという説があることを知り、子供の頃に、教科書に十七条の憲法とか、冠位十二階とか書いてあったんだからそんなことはないだろうと思いました。 
 ですが、いなかったという説を真正面から検証してみようという出版物が刊行されるのは初めてではないようですから、虚構説にも根拠があるのでしょう。

 ここで、ちょっと視点を変えて、もうすこし小さな驚きを「週間 歴史のミステリー」No.1の創刊号から拾ってみましょう(書き換えられる年表・覆えされる数々の事象・否定される偉人たちの肖像画, etc より)。

・大化の改新は本当に行われたのか?
・日本最古の貨幣は708年の和同開珎ではなく、683年の富本銭(これは比較的よく知られているのではないでしょうか)。
・鎌倉幕府の成立は1192年(イイクニつくろう鎌倉幕府)ではなく、1185年とする教科書が増えている。
・源頼朝、足利尊氏、武田信玄として知られていた肖像画が、いまではすべて別な人物を描いたのではないかと考えられている。

Wiki

源頼朝ではなく、足利直義 ?

・古代四大文明より古い文明があった → 古代アンデスや長江(揚子江)流域の文明。
・新大陸は1492年にコロンブスにより発見されたというのは誤り。(せっかく、「東洋(14)の国(92)と思ったコロンブス」と覚えたのに!!)
・清教徒革命は1642年(一路世に出る清教徒)ではない!! (現時点ではいつなのかについての定説がなく、教科書によって記述はばらばらとのこと)
・電球の発明者はエジソンではなかった。エジソンは権利を買っただけ。エジソンと信じているのはアメリカ人と日本人だけとも言われている。

 まだまだありますが、最後にもう1つ。すでにテレビで何度も取り上げられ、もうかなり知られているとは思いますが、

・アポロ11号月面着陸は捏造だったのか!?

 要するに、従来事実とされていた事柄が否定されたり、あるいはかなり疑問視されているということです。身もふたもない言い方をすれば、学校や書物やマスコミから(うそとは言わないまでも)結果的に「虚偽」の情報を教えられてきたわけです。
 今日までわからなかったと言われればそれまでなのですが、そうすると「社会科の教科書には正しくない情報もかなり混じっている」というように、認識を改めなければならないことになりそうです。
 しかし、教科書で勉強しようとしている子供に、「その教科書は将来、誤りとわかるかもしれない内容を含んでいるから、あんまり信じすぎないようにね」とは言いにくいですよね。う〜ん、難しいところです。

 ところで、「週間 歴史のミステリー」創刊号の「歴史検証ファイル」に、

・本能寺の変の首謀者は誰だったのか? という記事があります。

 ここに、この前の文字絵のトリビア(2)に出てきた近衛信尹の父、近衛前久(さきひさ)がカギを握る重要人物の1人として登場してきます。近衛信尹は織田信長をずいぶん慕っていたようなので、後年にこの親子が仲違いをしたらしいのには、本能寺の変が係わっているのかもしれません。
 このことについて、機会があったら、また考えてみたいと思います。

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2008年1月 7日 (月)

文字絵のトリビア(2): 近衛信尹と小野お通の「人丸」→ 図柄は同じ

 

近衛信尹(このえのぶただ、1565-1614)は寛永の三筆の1人で、京の大文字焼きの「大」の字の元を書いたという説もある能筆(書道の大家)です。小野お通(1567-1631)は今はあまり知られていないようですが、信尹と同時代の人で、やはり能筆の誉れが高かったとのことです。二人とも、安土桃山から江戸初期にかけての一流の文化人でした。この2人は年齢が2歳しか違わず、織田信長の庇護を受けて育った点が共通しています。

 信尹の父親の前久は信長に引き立てられました。父の不遇時代に信尹はまだ幼く、地方で武士の子供と親しく交わって過ごしました。そのため、公家の筆頭の家柄にもかかわらず、生涯武 家に親近感を抱いていたとのことです。元服の日に烏帽子親になった信長とは、最後まで父子同然の親密な関係にあったようです(「三藐院 近衛信尹」p.12)。

 一方、信長に随身していたお通の父の小野正秀は永禄10年(1567)に六條河原の合戦で戦死しました。その時お通は生まれたばかりで、不憫に思った信長が母子を側近において養ったのであろうと推測されるとのことです。お通は信長の庇護下で九条稙通など当時最高級の文化人の教えを受ける機会を十分に得たようです(「小野お通」p.14)。

 実は、この二人の書いた「人丸」の文字絵が残っているのですが、その図柄が同じなのです!!! ということは、近衛信尹と小野お通の間に、何らかの交流があったのではないでしょうか?

 ちなみに、この文章を書くに当たって「三藐院 近衛信尹」と「小野お通」という本を参照しています(三藐院は、さんみゃくいんと読みます)。「人丸」の文字絵の写真がそれぞれの本に掲載されているので、絵柄が同じであることがわかったわけです。

 「三藐院 近衛信尹」にはお通への言及はないようですが、「小野お通」には近衛信尹(号は三藐院)への言及があります。それによると、「能書をもって知られるお通が、三藐院の書をもっているのは自然であろう」とのことです(「小野お通」p.30)。

 さて、それでは、お通の文字絵「人丸」像を模写して、下に示します(絵柄の上には「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ」という賛が書いてありますが、それは略しました)。

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 「人丸」とは、歌の聖(古今集仮名序)と仰がれている柿本人麻呂のことです。出自に謎の多い万葉集の歌人ですが、長くなったので、また、稿を改めます。では、今日はこの辺で。

文献
・『三藐院近衛信尹 残された手紙から』、前田多美子著、思文閣出版、2006年
・『小野お通』、真田淑子著、株式会社風景社、平成二年

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2008年1月 5日 (土)

のだめカンタービレinヨーロッパ 第二夜

 マングース君のいる変態の森は、どんなところなのか?

 その詳細は、将来制作されるかもしれない「のだめカンタービレinヨーロッパ Part II」に期待しましょう!!! 今回も「のだめ」を大いに楽しみました!! 

   「まんまるの美しい形の音の粒...」(ターニャ)、そんな音楽を聴いてみたいですね。皆さんの今年の音楽運がすばらしいものとなることをお祈りします。では、また。

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2008年1月 4日 (金)

のだめカンタービレinヨーロッパ 第一夜

  「終わった...。すべて楽しかった。」
  「千秋真一君、優勝おめでとう!!」

 ということで真一が優勝して、明日へ...。

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のだめカンタービレinヨーロッパ

 いよいよ今日と明日、二夜連続ドラマスペシャルのだめカンタービレinヨーロッパが放送されます。さっき、 「パリだ!プラハだ!!ぎゃぼー!!! のだめカンタービレ in ヨーロッパ特報!」をフジテレビで見ました。

 プラハのスメタナホールやパリ・コンセルヴァトワールなど、ふつうは撮影に使用できない場所でロケできたそうです。昨日のNHKニューイヤー・オペラコンサート東フィルを指揮されていた飯森範親 さんが千秋真一役の玉木宏さんに指揮を指導していました。撮影は天候が不順でたいへんだったようですが、フランク(ウエンツ瑛士)やターニャ(ベッキー)の新キャラにコスプレのエキストラも加わって、これは見逃せませんよっ!!!

 放送時間   1月4日(金) 21: 03〜23:22

                   1月5日(土) 21: 03〜23:30

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2008年1月 3日 (木)

東フィルニューイヤーコンサート2008のプログラムの文字絵 Part II

昨日に引き続き、東京フィルハーモニー交響楽団ニューイヤーコンサート2008のプログラムに掲載された文字絵をご紹介します。まずは、今年が没後30年のハチャトゥリアンです。ハチャトゥリアンといえば「剣の舞」を思い出しますが、協奏曲もよいですね。

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次は、チャルダッシュで有名なモンティ。洋の東西を問わず昔はひげの立派な人が多かったようですね。この方は、ひげがあると愛嬌のある顔ですが、ひげがない顔は逆に少しいかつい感じがするようです。

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最後は、ツィゴイネルワイゼンのサラサーテ。サラサーテは今年の9月20日で没後100年です。

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プログラムには他にベートーベン(トップ頁右上の図柄です)、ファリァとラヴェル(ハガキ制作ずみ。図柄はこちらの民族のハーモニー◎得25人パックの台紙をごらん下さい)を載せていただきました。

東フィル様、どうもありがとうございました。今、「NHKニューイヤー・オペラコンサート」で演奏中ですね。最後を少し聴けそうなので、聴いてきます。

今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのテーマは「シューベルトとウィーン」です。それにちなんで、1月31日のシューベルトの誕生日に新作のシューベルトをブログにアップいたします。どうぞ、またお越しください。では、また。

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2008年1月 2日 (水)

東フィルニューイヤーコンサート2008のプログラムの文字絵 Part I

渋谷Bunkamuraオーチャードホールでの東京フィルハーモニー交響楽団ニューイヤーコンサート2008のプログラムに載せていただいた作曲家文字絵のうち、今日はワーグナー、プッチーニ、ウェーバーをご紹介いたします。

東京フィルハーモニー交響楽団ニューイヤーコンサート2008
 —どこかで出会った、あのメロディ—

1/2(水)・1/3(木)15:00
Bunkamuraオーチャードホール

指揮:金 聖響
ヴァイオリン:古澤 巌
ナビゲーター:朝岡 聡

まず、ワーグナーです。文字の色と線の色が対応しています。

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次に、プッチーニ。今年、生誕150周年です(12月22日生まれ)。

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3人目は、ウェーバーです。

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明日は、、ハチャトゥリアン、モンティ、サラサーテをアップする予定です。どうぞ、またお越しください。

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2008年1月 1日 (火)

2008鷲宮 お正月限定 らき☆すたのクッキー

 出雲族の草創に係る関東最古の大社、鷲宮神社に初詣に行ってきました。国の重要無形民族文化財に指定されている「土師一流催馬楽神楽」の第六座八洲起源浮橋事之段 (やしまきげんうきはしわざのまい)を運良く拝観できました。この演目は、「国生み」の神話を題材にしたものだそうで、子孫繁栄あるいは開運を祈る演目とも伝えられているそうです。

 「らき☆すた」のクッキーを買ってきました。

Photo

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東急ジルベスターコンサート2007-2008

「アッピア街道の松」の終わり方にブラボー!!
 テレビ東京をつけたら、カウントダウン曲のローマの松の「アッピア街道の松」がちょうど始まるところでした。指揮者の尾高忠明さんは、実にぴったりに1月1日にあわせて曲を終わらせました。演奏もよかったし、お見事!!  盛り上がりました。
 東急ジルベスターコンサートは今年で13回めとのこと。オケは東京フィルハーモニー交響楽団でした。聴くのは初めてだったのですが、楽しかったです。曲目は、新年の1曲めから、

雷鳴と稲妻(ヨハンシュトラウスII世)
・マリア(バーンスタイン「ウェストサイドストーリー」から)
・チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番第3楽章(ピアノ: 仲道郁代)
・クライスラー 愛の喜び(バイオリン: 千住真理子、ピアノ: 仲道郁代)
美しく青きドナウ

 尾高氏によると、年が明けてから世界で最初に「美しく青きドナウ」が演奏されるのはBunkamuraオーチャードホールとのこと。千住さんと仲道さんの共演は初めてだそうです。バイオリンやピアノが弾きやすいドレスについてのお二人の談義は興味深かったです。チャイコフスキーのピアノ協奏曲がボストンで初演されたとは知りませんでした。

 新年早々、けっこうな番組を拝見しました。東フィルのみなさんもネズミの帽子をかぶった方がいたりして、のっていたようです。では、1月2日・3日のニューイヤーコンサートもがんばってください!!

 皆様、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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